あるひとつのテーマについて、3人のクリエイティブな仕事をしている方に推薦いただく本企画。第1回目のテーマは「ふいに泣いてしまった小説」です。本を読む時間が減ってきているといわれる昨今、情報を得るためだけではない読書の時間は、たくさんの気づきをもたらしてくれます。彼らが推薦する本から、ただ“泣ける”だけではない、美しい生き方に通じる物語の魅力に迫ります。
“涙を流す”とは異なる複雑な感情
『あの素晴らしき七年』エトガル・ケレット
弁護士・水野祐
最近は紙の本は買わず、電子書籍で読むことが多いのですが、この本は単行本で買いました。でも、買ってからしばらくは読んでいなくて。何気なく手にとって読んでみたら、面白くて引き込まれました。僕の好きな小説家のひとりにレイモンド・カーヴァー(アメリカ人作家)がいるのですが、彼の作品にも似た、独特の読後感があるエッセイ集です。天性のユーモアがあり、余韻がいい。技巧的に見えないけど、こういうのが“文章が巧い”って言うんでしょうね。普通ならつい書きすぎてしまうところを、一歩手前で終わらせる具合がたまらないんです。
この本に描かれているのは、イスラエルに暮らす著者の息子が生まれて、父親が亡くなるまでの7年間の話です。僕自身、子どもが生まれたタイミングとも重なり、引き込まれたというのもあるのかもしれません。でも、子どもの話や、大切な人が亡くなるといった、わかりやすく悲しい話ではない。生きている誰もが感じている悲哀とイスラエルに暮らす悲哀が、日常の機微の中でちょっとだけ顔を出す瞬間を捉えている。そういう日常と裏腹にある悲しさって、言葉にすると安っぽくなってしまうじゃないですか。映画のコピーなどで使われる“泣ける”とは異質で、もっと複雑で、でも豊かな感情だと思います。
この本ではイスラエルの「いま」が書かれているのですが、複雑な中東問題について解説しているわけではありません。日常的に爆弾が投下される中で子育てをし、差別もある。ある意味で極限状態にいながら、ユーモアを交えて、明るく生きようとしている。その背景があるから、ささいな日常を描けば描くほど、その裏にある潜在的な哀しさが浮き彫りになるんです。
実際、1日の中にもなんども泣きたくなる時ってあるじゃないですか。涙を流すわけではない、でも猛烈に哀しい。そこを描いている。人生とはそういうものだなと感じさせてくれる本です。
『あの素晴らしき七年』(新潮クレスト・ブックス)
エトガル・ケレット 秋元孝文訳
https://www.amazon.co.jp/dp/4105901265/
水野祐(みずの・たすく)
弁護士(シティライツ法律事務所)。Arts and Law理事。Creative Commons Japan理事。IT・クリエイティブ・まちづくり分野に特化したリーガルサービスを提供している。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社)など。最近、ジブリ関連のレコードが再発されすぎて困っています。
Twitter:@TasukuMizuno