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連載 CREATOR'S EYE
第1回「ふいに泣いてしまった小説」

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避けていては見えないものがある 『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー 哲学者・鞍田崇

避けていては見えないものがある

『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー

哲学者・鞍田崇

1987年のこと。高校2年生の夏休みにオーストラリアでホームステイをしたんです。英語の授業に全然ついていけず、先生に図書館で本を読んでいればと言われて。英語の本のタイトルなんてほとんど知らなかったのですが、唯一覚えていたのが『The Catcher in the Rye(ライ麦畑でつかまえて)』でした。それが、英語の原著で読んだ初めての本です。帰国してすぐ、日本語訳も買って読みました。主人公が同世代であることもあって、よりのめり込んでいきました。
破天荒な主人公は、学校を退学になり、どこにいっても人とぶつかって、何もかもがうまくいかない。物語の終盤、妹がメリーゴーランドに乗るシーン。主人公はずぶ濡れになりながら泣いている。いや、泣いたのは読んでいた僕の方かも。破滅する寸前のギリギリで、救いを感じたんですね。ああ、信じてもいいんだと。
自分のアイデンティティがみつからない。本人は努力しているけど、人とぶつかってしまう。なんかうまくいかないと自暴自棄になる。最近では、中二病って揶揄されることもある。でも、じゃあ自分はどうだったかと言うと、誰もが通ってきていたはずなんですね。大人になった今、そういう気持ちはオブラートに包んで気づかないように避けているけど、まだ心の奥底にはある。それをよけてばかりいたら、毎日のリアリティも希薄になってしまう。心の中のざわめきというか、「ノイズ(雑音)」のような。その「ノイズ」をうやむやにしないことが、生きていく上ではとても大切なんじゃないかと思うんです。
1919年に生まれたサリンジャーは、今年生誕100周年を迎えました。伝記映画『ライ麦畑の反逆児—ひとりぼっちのサリンジャー』も公開されるし、そちらを観てから小説を読んでもいいかもしれません。村上春樹による翻訳もあります。思い切って英語で原著を読んでみるのもいい。スマートフォンは出てこないけれど、気になる人へ電話をかけるのに躊躇している姿は、今も昔も変わらない。人が大人になるときに、いや大人になってからもきっとどこかで味わっている、ほろ苦さや不器用さ。現実の社会の中ではみ出してしまう「私」という存在。そんな「ノイズ」をうやむやにしない主人公・ホールデンに、励まされる思いすらするかもしれません。
『ライ麦畑でつかまえて』(白水社)
J.D.サリンジャー 野崎孝訳
https://www.amazon.co.jp/dp/4560070512/
 鞍田崇(くらた・たかし)
鞍田崇(くらた・たかし)
1970年生まれ。哲学者。明治大学理工学部准教授。著作に『民藝のインティマシー』(明治大学出版会)、『生活工芸の時代』(新潮社)など。矢島操さんの器にはまっています。掻き落としっていう技法なんですが、ほんとかわいらしいんですよ。
http://takashikurata.com
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