Culture  

連載 BEAUTY CINEMA CLUB #02
美しさと悲しさが共存するティム・バートン映画

いま観たい新作映画から、あなたの心に効く名作映画を掘り下げてご紹介するBEAUTY CINEMA CLUB。
第2回目となる今回は、これまでに様々なストレンジャーたちの物語を創り上げてきたティム・バートン監督にフォーカス。美しさと悲しさが同居するティム・バートン監督作品の魅力をお届けします。
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普通と違う、唯一無二な者たちの物語

ティム・バートンは、いつだって、奇異な者たちを愛してきた。普通とは違う姿をした者。奇妙な能力を手にした者。彼らはときに人々を脅かし、畏れさせ、理由のない怒りをかう。ティム・バートンの映画は、そうした奇異な者たちがたたえる悲しさをすくい上げ、彼らこそ真の美しさを持つのだと賞賛する。出世作ともいえる『シザーハンズ』(1990)も、いまだカルト的な人気を持つ『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993)も、近作『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(2016)も、過剰な装飾で登場人物(人に限らないけれど)を飾り立て、奇想天外なおとぎ話をダークな色合いで成立させてきた。
その流れは、3月公開の新作『ダンボ』にもきっと引き継がれているはず。普通とは違う、巨大な耳を持った赤ちゃん象ダンボの物語。他の象とは異なる見た目ゆえにいじめられ、自分の存在価値を信じられずにいるダンボが、みんなから醜いと呼ばれるその耳こそが自分を唯一無二な存在にすると悟るまで。アニメーションをベースにオリジナル脚本で描かれるというが、題材だけ見れば、これほどティム・バートンにぴったりなものはない。
『ダンボ』
公開日:2019年3月29日(金) 全国公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイト:http://disney.jp/dumbo/
©2019 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved

真のヒーローが教えてくれる本当の美しさ

ストレンジな者たちを、その奇異性ゆえに愛すること。それが、ティム・バートンの映画美学。だから、1989年に公開されたティム・バートン版『バットマン』の真の主役が、ヒーローであるバットマンではなく悪役ジョーカーだったのも、当然と言えば当然だ。
ジョーカーの本名はジャック。ゴッサム・シティの裏社会のボスの元で働いていたが、バットマンとの対決で工場の薬品タンクに転落。皮膚や毛の色素が抜け落ち、口元に大きな傷を負ったジャックは、自らをジョーカーと称し、ゴッサム・シティに出回る化粧品に薬品を混入させ、街をパニックに陥れる。ジョーカーが提示する悪の姿は、現代においてはいささか微妙さをともなう。顔にひどい傷を負った悪役が人々を傷つける、という設定は、これまであまりにも多くの映画で利用され続けてきたからだ。昨年、英国映画協会(BFI)は、偏見の助長を止めるため、体や顔に傷跡がある悪役が登場する映画に対して今後出資しない旨を発表した。このニュースに対し、まっさきに例として挙げられたのは、『バットマン』のジョーカーの存在だった。
とはいえ、ティム・バートンがつくりだしたジョーカーは、決して自身の傷を恥じたり、他人の美しさを妬んだりはしない。傷を負ったことで、本当に美しいものを発見するのだ。彼は、カメラマンのベッキー(キム・ベイシンガー)にこう語りかける。「人はみな自分の顔の美醜にあれこれ悩む。そんなのはもう終わりだ。俺がみんなを美しくしてやるんだ」。彼は美を愛し、自ら美をつくりだす芸術家。そうしてベッキーに「一緒に前衛芸術をつくりあげようじゃないか」と持ちかける。その様子は、悲しみや孤独を抱えて闇のなかに引きこもるバットマンよりも、ずっと明るく幸せに見える。ジョーカーはバットマンの闇を映し出す鏡であり、ゴッサム・シティを照らす光だ。
『バットマン』のなかでとりわけ印象的なシーン。美術館に乗り込んだジョーカーと仲間たちが、人々を毒ガスで眠らせ、展示物を次々破壊していく場面。破壊といっても、それはひどく楽しげで軽妙。大きなラジカセを肩に抱えて音楽を響かせながら、ドガやフェルメールといった美しい名画たちにペンキを塗り、彫刻を破壊する。だが、ある一枚の絵画の前でジョーカーは立ち止まる。フランシス・ベーコンの「Figure with Meat」(1954)。牛肉の肉塊の前で叫ぶ男。ジョーカーは、この一見醜い絵を満足そうに眺め、厳かに命じる。「この絵は好きだ。このままにしておこう」。こうして新たな美の創造が始まる。ただし、ジョーカーの求める美の裏側には、恐ろしい側面が隠されている。額に入った美術品が時を超えて人々を魅了するのと同様に、ジョーカーは、人々の生の時間を止めることで、永遠の美を完成させる。彼は“死のアーティスト”。決して滅びない真の美しさ。それは永遠の死のプレゼント。
『バットマン』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
BATMAN and all related elements are the property of DC Comics TM &©1989. © 1989 Warner Bros. Entertainment Inc. TM & © 1998 DC Comics. All rights reserved.
©2003 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

人生を豊かにしてくれる美しい嘘

2003年に発表された『ビッグ・フィッシュ』は、『バットマン』とはずいぶんと趣の異なる作品だ。子どもっぽい過剰さや悪ふざけは減り、できあがったのは、死に瀕した父とその息子の絆を描いたヒューマンドラマ。もちろん、バートンらしい過剰さは随所に現れる。父エドワード(アルバート・フィーニー/ユアン・マクレガー)は、つねに話をふくらませ、おとぎ話のように人生を語る男。自分が生まれたときから、大人になり、結婚をし、息子が誕生するまで、そこかしこに空想と嘘を取りまぜ、でたらめな物語を語り続ける。
突然街に現れた謎の巨人。未来が見える魔女。月夜の晩オオカミに変身するサーカス団の団長。歌のうまい結合双生児の美人姉妹。出会った瞬間に時が止まった妻との運命の出会い。彼女を得るために敷き詰めた地面いっぱいの水仙の花。エドワードの話はどれも、バートンのつくりだすファンタジーそのもの。なかでも名作は、息子ウィル(ビリー・クラダップ)の誕生と、因縁のビッグ・フィッシュとの物語。妻サンドラ(ジェシカ・ラング)が陣痛に苦しむなか、エドワードは川に棲む幻の巨大魚と対峙し、苦闘の末ついにその魚を釣り上げる。過剰さと嘘に装飾されたおとぎ話は、まわりの人々を幸せにする。たったひとり、息子のウィルを除いて。
©2003 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
子どもの頃から聞かされ続けた息子ウィルは、エドワードに抗議する。嘘にまみれた物語はもうたくさん、と。こうして二人の間に大きな亀裂が生まれる。エドワードが危篤状態と知り、ウィルは久々に実家に帰ってくるが、相変わらず現実離れした話ばかり語る父にうんざりし、最後くらい誇張をやめて本当の話をしたらどうか、と問い詰める。けれど、父の語りを聞くうち、物語の隙間から、徐々に現実の世界が見えてくる。身にまとった装飾品をそぎ落とすと、それは途端に色あせ、凡庸な現実へと姿を変える。だからエドワードは、嘘という絵の具で現実を彩り、永遠の命を吹き込むのだ。小さな花束より水仙の絨毯のほうがよっぽど美しく、人々を魅了するから。
美しさは、常に悲しさと共にある。父は、人生の美しさを伝えるため、大きなホラ話を次から次につくりだす。たとえその裏側に、陰惨な現実が隠されているとしても。いや、悲しい現実を隠し通すためにこそ彼は美しい嘘をつくのかもしれない。父がつくりだした荒唐無稽な物語はやがて息子へと引き継がれ、父は物語のなかの住人へと姿を変える。そういえば新作『ダンボ』には、『バットマン』の本来の主役であるマイケル・キートン、そして『ビッグ・フィッシュ』でサーカス団団長を演じていたダニー・デヴィートが出演している。『バットマン』『ビッグ・フィッシュ』、そしてもちろんその他の多くの作品を通して描かれてきたティム・バートンの美しくも悲しい映画世界は、『ダンボ』でどんなふうに広がっていくのだろう。
『ビッグ・フィッシュ』
発売中
Blu-ray 2,381円+税/DVD 1,410円+税
発売元・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©2003 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
Text by TSUKINAGA Rie
Edit by HATTORI Madoka、OBAYASHI Shiho
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