Culture  

連載 ART to GO 「志賀理江子 ヒューマン・スプリング」

現代の日本を代表する写真家の1人、志賀理江子の新作展が現在、東京都写真美術館にて開催中です。写真の根源と人間性を見つめる展覧会の見どころについてご紹介します。
share
1980年愛知県生まれの志賀理江子は、2004年にロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アーツ・デザインを卒業した後、現在は日本を拠点として活動しています。2007年に初の作品集となる『Lilly』(アートビート・パブリッシャーズ)、『CANARY』(赤々舎)の2冊を同時刊行し(現在はともに絶版)、写真界の芥川賞と言われる第33回木村伊兵衛写真賞を受賞。誰も見たことがない独自の作風で鮮烈なデビューを飾り、写真界に衝撃を与えました。
その後2008年より宮城県に拠点を移し、「地域の専属カメラマン」と自らを呼んで地域の人々の生活に寄り添い、フィールドワークに近い形で制作を続けてきました。2011年、志賀が居住していた地域は東日本大震災により甚大な被害を受けます。彼女の被写体となっていた人々を含む多くの命が失われ、死と向き合う人間の姿を体験・目撃した作品にも大きな影響がありました。
その後も積極的に作品制作を続け、国内では『螺旋海岸』展(せんだいメディアテーク、2012年)、『ブラインドデート』展(猪熊弦一郎現代美術館、2017年)と新作を発表し続けます。人間の根源について、写真を通して見つめるその作品は、現代社会が抱える問題や人間性に対する希望を映し出し、常に話題となりました。同時に海外でも賞を受賞するなどその評価は高く、現代を代表する作家として確固たる地位を築き上げてきたのです。

春が持つ躍動する力、そして冬の影

『ヒューマン・スプリング(人間の春)』と題された今回の展覧会では「春」が重要なテーマとなっています。「ヒューマン」「スプリング」、どちらの言葉も英語ですが、日本社会の中で消費され尽くしている言葉です。しかしこの言葉には、志賀の深い意図が込められています。
春、桜が咲き、暖かい風が吹き、心が弾むようなこの季節の直前には、深く長い冬の日々があります。自らが拠点とする東北で体感する「春」には爆発的なエネルギーがあり、同時に同じくらい強い死の影も存在すると彼女は感じていたと言います。「スプリング」という言葉が他に持つ、跳ねるような動き、そして泉など何かが湧いて出るという意味はすべて強い生命力を表しています。「春」という言葉は震災以降の彼女の制作において、常に重要なキーワードであり続けてきました。

立ち現れる巨大なイメージ

そのメッセージは、展覧会の構成にも表れています。整然と壁面に並べられた額装作品をイメージして美術館の会場に入ると、まず写真で覆われた大きな直方体が私たちの眼前に突如立ち現れることに衝撃を受けます。一つ一つ照明を当てられたそれらはまるで棺のように、モノリスのように行く手を阻み、ずっしりとした重みを持ってそこに立っています。巨大なオブジェはその全体がイメージで覆われており、間を縫って歩き、イメージに近づくほどその全体像を見失います。
この大きなプリントは、発色現像方式印画でプリントしたもので、インクジェットの滑らかな表面ではなく人間の手で現像されるCプリントの持つ生々しい質感を有しています。日本では制作することが不可能なため、ニューヨークでプリントが行われました。その巨大プリントが木でできた支持体に粗く留められており、それがもたらすプリント表面の波打ちに、照明や人の姿が反射してウネウネとした表情を与えています。それはきっちりと貼られたポスターや額装された写真と異なる、なんとも不思議な居心地の悪さを私たちに与えます。
志賀は強度の高いイメージを生み出すために、大人数でのチームで撮影を行います。ある種、劇場的な仕上がりは物語を伝えるようでもありますが、そこに特定の筋書きは説明されていないため、私たちは各々がそのイメージの前後について想像せざるを得ません。何かの弔いのような、捧げるような、誰かが去った後のような、何かの前兆のような。一枚の写真に長い時間向き合うことが求められます。
そのため、この展覧会では、会場奥の天井にカーブミラーが設置されていたり、会場の壁面ベンチに腰掛け、視点を落として全体を見渡すことができたりと、鑑賞者に新たな視点を提供する様々な仕掛けが施されています。奥まで到達し、振り返って入り口の方を見ると、今度はある一つの同じ写真が会場を埋め尽くしていることに気づきます。その写真は焦点が定まらず、目を凝らしても完全に像を捉えることができないという不安感を助長します。その時、私たちは今まで体全体で“見て”きたイメージがなんだったのかをもう一度考えさせられることになるのです。

私たちを包囲するイメージ

私たちは今、人類史上かつてないほど大量のイメージを日々消費しています。街の中で、スマートフォンで、インターネットで、何万という画像を、太古と変わらぬサイズの脳でなんとか処理し続けています。私たちを包囲するイメージ、しかしそのすべてを私たちは本当に“見”てはいません。それどころか多くのものを“見たふり”をするようになっています。見る、よりも“処理する”ことの優先度の方が、現代社会で生きていくには高いためです。しかし、イメージを見ることとはどういうことなのでしょう。あるイメージから目を背けさせてしまう、私たち人間の、一歩深いレイヤーにある欲望や恐怖、そして極端なものへの憧れや精神状態などを志賀の写真は視覚化して私たちに問いかけます。
「東北の長い冬の果てにやってくる春というのは、ある日突然来るように感じるんです。それは、自分の体が生理的に作用せざるをえないように、意味深いものです。この奇跡的な自然という環境の中で私たちは生活していますが、人間というのは、明日死ぬとはまず考えません。そんな中で人間にはいつ何がおこるかわからない自然というものを克服しようと、管理しようとしてきた歴史があると思います。そうした自然の中にあって『死』という現象だけは克服できていない。未だに人間にとって『死』とは絶対的な自然なのだと思います」(志賀)
震災を通して生と死の残酷なありようをまざまざと体験した作家は、私たちから何かを「奪った」大きな力、そして芽吹く生命力という双極的な力をもつ自然が、同時に私たち人間に内在し、人間そのものであるという根源的な立地点に立ち戻ったのではないでしょうか。 現代社会の中で普段は抑制されている、私たち人間が体の中に内包している「自然の力」。それが溢れ出てくるのが春という季節であり、それを写真というメディアを用いて視覚化する時、その「イメージを作る」という果てしない作業を通じて人間とは何か、世界とは何かという根源的な問いを私たち鑑賞者に突きつけます。それは「ヒューマン・スプリング」というとても普遍的で、しかし何重にもの意味を含んだ言葉となって、私たちに提示されるのです。
志賀の作品は視覚的に優しいものではありません。時に残酷で、人間の根源的な何かを揺さぶるような鋭さを持ち、鑑賞者にまっすぐな目で問いかけてきます。それなのに、それだからこそ、彼女の現在地点を示す新作展は常に人々の注目を浴びているのです。
志賀理江子 ヒューマン・スプリング
会期:2019年3月5日〜5月6日
会場:東京都写真美術館 2階展示室 東京都目黒区三田1-13-3(恵比寿ガーデンプレイス内)
開館時間:10:00〜18:00(木曜日・金曜日は20:00まで)
休館日:月曜日(ただし4月29日、5月6日は開館)
料金:700円、学生600円、中高生・65歳以上500円
※小学生以下および都内在住・在学の中学生無料
※第3水曜日は65歳以上無料
お問い合わせ先:03-3280-0099
https://topmuseum.jp/​​
Photographs by MARUO Kazuho
Text by FUKAI Sawako
Edit by HATTORI Madoka、OBAYASHI Shiho
share