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ミライビラボ 「オートファジーと加齢」

論文を読み解き、美のエビデンスに触れる「ミライビラボ」。実際に携わった研究員への取材をもとに、「オートファジーと加齢」の関係を解き明かした論文に迫ります。「オートファジー」といえば、2016年秋にノーベル生理学・医学賞を受賞した研究であり、聞き覚えのある人も多いはず。オートファジーは、私たちの肌にどう関係しているのでしょうか。ポーラ化成工業の研究チームのひとり、五味研究員に話を伺いました。
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オートファジーサイクルとは?

オートファジーとは言うなれば「細胞の中のゴミ処理&リサイクルシステム」。細胞の中で不要になったり、使い終わったりした“ゴミ”(たんぱく質などの老廃物)が溜まると邪魔になるので、これを片付ける必要が出てきます。オートファジーがすごいのは、これを収集するだけでなく、“ゴミ”だったものを原料(アミノ酸など)に戻し、新たな細胞の部品として生まれ変わらせる役目までを担っているからです。
ノーベル賞受賞のインパクトもあり、オートファジーは最新の研究成果と思われがちですが、その歴史は意外と長く、オートファジーの存在そのものは1950年代から知られていました。ただし具体的な研究が始まったのはずっと後。生化学界では、2000年代にオートファジーの一大ブームが巻き起こります。
「生化学系の専門誌がオートファジー特集で賑わったのが2005~2009年頃。一連の流れがわかってくると、様々な分野で研究者が動き始めます。皮膚を扱う私たちの場合は、『オートファジーと加齢』に着目した研究を2009年に立案し、翌年スタートさせました」と五味研究員は振り返ります。
今回フィーチャーする論文のタイトルは “Age-related disruption of autophagy in dermal fibroblasts modulates extracellular matrix components”(=加齢とともに停滞する真皮線維芽細胞の「オートファジー」が、真皮の成分を悪化させる)。五味研究員を含むポーラ化成工業と九州大学の7名からなる研究チームが、およそ3年の実験的研究を経て2013年に電子公開、2014年に『BBRC(Biochemical and Biophysical Research Communications ) 』で発表したものです。『BBRC』とは週刊の国際ジャーナルで、生物学・生化学分野における重要論文のタイムリーな発表の場として知られています。
オートファジーサイクルの流れ※1。(左から)老廃物(古くなったタンパク質など)が溜まる→ 袋が出現し、老廃物を包み込む → 分解酵素により分解される → アミノ酸など原料レベルまで分解され、新しい細胞の一部として再利用される

STEP1「年齢とともに、細胞内の“ゴミ袋”は増えるのか?」

今回のオートファジー研究の原点にあるのは、「年齢とともに、コラーゲンやエラスチンが減っていくのはなぜか?」という、肌研究の中でも基礎的といえる疑問。世界中の化粧品メーカーが手を変え品を変え挑み続けている“加齢”のメカニズムに、ポーラ化成の研究チームは、「細胞内のリサイクルが滞り、材料供給が不足するためではないか?」との着眼から、これまでとは異なる新しいルートで迫っていきます。
まずは「高齢者の肌で、オートファジーサイクルが本当に働かなくなっているのか」を確認する実験です。下の写真は、その答えを示すひとつ。年齢が異なる人の細胞を使い、培養して着色しています。緑色の点に見えるのがオートファゴソームという、いわば“ゴミ袋”。若齢者よりも高齢者のほうが、やはり多くのゴミ袋を抱えてしまっていることがわかります。
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次の<図1>のグラフでは、「1つの細胞当たりのゴミ袋の数」を集計しています。若齢者ではゴミ袋が10個未満の細胞が多勢ですが、高齢者の細胞はより多くのゴミ袋を抱えています。結果がわかりやすくシンプルな実験に見えますが、実は「本論文に関わる作業の中で一番大変だった」のだとか。「画像解析だと精度が下がるため、ひたすら細胞の中の緑色の点を目で見てカウントするという果てしない道を選びました」と五味研究員は苦労の日々を振り返ります。そんな努力の甲斐あって「年をとった細胞ほど、中にはゴミ袋が溜まっている」という見立てが成立。さらに裏を取るべく、STEP2へ。
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STEP2「ゴミ袋を処理するリサイクルシステムとは?」

オートファジーのゴミ収集~リサイクル完了までのペースは、平均して1時間に1回。かなり早いスピードで流れ続けているため、細胞断面を切り取る瞬間によってはゴミ収集の直前でたまたまゴミが溜まっていた、あるいは収集直後でゴミが無かったという可能性もあります。さらに個人差があることも踏まえ、研究チームは検証を重ねます。
STEP2で試みたのは、ゴミ袋がリサイクルに進まないように、試薬(クロロキン)でゴミ収集をストップしてみるというものです。試薬=ゴミ収集車を来させないようにする、と思えばイメージしやすいかもしれません。
<図2>の縦軸「LC3-Ⅱ」は、ゴミが収集されなかった場合のゴミ袋の増加割合をパーセンテージで示しています。若齢者の細胞では200%に迫る増加を見せているのに対し、高齢者ではより変化が少ないようです。なぜでしょうか。
この実験結果から読み取れるのは、若齢者の細胞は、普段はきちんとゴミ出しをしていたのに、収集が来なかったのでゴミ袋がぐっと増えてしまったということ。一方、ゴミ袋の数に変化が少ない高齢者の細胞では、もともとゴミ出しをしておらずゴミ袋が溜まっていたので、収集が止まってもゴミの量は2倍にはならない、ということがわかります。
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STEP3「リサイクルが滞ると、肌はどうなる?」

ゴミ袋が閉じていると、ゴミは中に溜まったまま。でも、このリサイクルシステムの滞りが肌に影響するのかどうかは、この時点ではわかりません。調べようと思っても、実験方法もまだありません。というわけで、次のステップは、実験方法そのものの開発からはじまります。
ここで指標として注目したのは「リポフスチン」という、細胞が“ゴミ”を消化した後に残ってしまう“ゴミくず”のようなものです。「若齢層の細胞では、このゴミくずができても何かしらの処理が働いて消えます。しかし高齢の細胞では、ゴミくずを処理できずどんどん増えていきます」。つまり、ゴミくずの量を見ると、ゴミ消化がうまくいっているかどうかがわかるというわけです。
実験では、ゴミ消化不良により“ゴミくず”が出てしまう状況を人工的に作るべく、ゴミ袋の中のゴミくずを消化する酵素の働きを止める試薬(ロイペプチン+ペプスタチン)を投入しました。すると若齢層の細胞も、ゴミ袋を表す粒々が増え、ゴミくずも増えました。つまり高齢の方の細胞にそっくりな、「ゴミくずの消化システムが止まってしまった細胞」ができたのです。
さて、いよいよ最後の実験です。リサイクルシステムが止まった細胞では、具体的にどんな変化が起きているのでしょうか。<図3>はどちらも若年者の細胞を使っていますが、各グラフの右側(緑)はさきほどの試薬を投与することにより、オートファジーの機能を高齢者同様に低下させた状態にしてあります。
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結果は見ての通り。ゴミ袋のリサイクルシステムが止まると、コラーゲン量は、Relative to control(=試薬投与していない細胞に比べて)34%減、ヒアルロン酸量は63%減、エラスチン量も45%減っています。オートファジーサイクルは、やはり肌に影響しているのです。

結論「オートファジーサイクルは加齢とともに停滞する」

研究チームが仮説と検証を繰り返して辿り着いたひとつの真実。それは「年を重ねた皮膚の細胞の中には、ゴミ袋が溜まっている。ゴミ袋が溜まる原因は、ゴミ袋の中のゴミを分解できないからである」ということ。そして、このオートファジーの機能低下は、コラーゲンやヒアルロン酸などの減少を招き、同時に、MMP-1というコラーゲンを分解する酵素まで出すこともわかっています。
オートファジー研究ブームの最中、先駆けといえるタイミングで発表にこぎ着けた本論文。化粧品業界で高い評価を得た理由について「なんといっても粘り強く研究を続けたこと」だと五味研究員は分析します。「研究の途中では、加齢はゴミ袋を作る段階から影響を及ぼすのではないか、オートファジーそのものが始まらないのではないか、といった、まったく見当違いの仮説も検証しました。何度もつまづきながら、チームの粘りとがんばりで、新たな事実にたどり着くことができました」。美のエビデンスを解明すべく、研究を重ねる日々は続きます。
※1 イラストはイメージです
※2 ポーラ化成工業研究所 調べ
Illustrations by SHINCHI Kenro
Text by GOROKU Miwa
Edit by HATTORI Madoka
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