ベストセラー作家・山口周が語る「これからの美しさの基準とは」

進化するパーソナライズドサービス
フィットネスやファッションスタイリング、ソーシャルメディアなど、個人の趣向に合わせたサービスのパーソナライズ化が進んできています。ただ、そうした多くのサービスは、AIによる機械的な分析により導かれるレコメンドで、与えられた選択肢の中から選ぶものがほとんど。
そんななかPOLAのパーソナライズドスキンケアブランド「APEX(アペックス)」がこの7月にリニューアル。30年間にわたって蓄積したビッグデータを用いた独自の肌分析と、ユーザーの好みで調整することができる、高いカスタマイズ性を取り入れた新しいスキンケアブランドとして誕生しました。
今回、APEXのブランドマネジャーの菅千帆子が、ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の作家であり、コンサルティングのプロフェッショナルとして新時代を生きる姿勢をグローバルな視点で提唱している山口周さんに、これからの美のあり方とともにパーソナライズのあるべき形について伺いました。
時代で変わる美の定義
個性を象徴するもののひとつであり、生涯寄り添っていくものに“美しさ”があります。しかし美の基準というのは、時代によって移り変わっていくもの。例えば、江戸時代にはお歯黒や眉無しが美しいものだとされていましたが、現代の“美しい”には全く当てはまりません。山口さんは「それぞれの時代に流行としての“美”があり、そして一人ひとりにとっての“美”があるのです」と語ります。
「社会的に美しいとされるものは個人の美意識の集合体であって、社会と個人は完全にイコールではありません。ただ単純に、『美しい』とされるものが大人数で共有されると、その時代を象徴する美しさだと捉えられるわけです。ですが、世論に反した意見を持つ人が現れることでズレが生じ、そこから世の中の美しさの定義が変わっていくんです。そのズレこそが個人の美意識であり、パーソナライズドサービスにおけるヒントとなるのではないでしょうか」
同等な歴史を辿ってきた美術史を見てみると、19世紀前半の写実主義の時代は本物そっくりに描いたものが素晴らしい作品だと言われていたため、画家はよりリアルに描く技術を磨いてきました。ですが、19世紀後半になって写真機が発達すると画家の価値はどこにあるのかが問われることになります。そこから写真では表現できない光と影の表現や、絵画の質感を活かしたものなど新たな絵画の様式が誕生。当初はこれまでにない価値観だと酷評されたものの、後に美術史に残る大きな変革となりました。
「世の中の美の基準は、多くの人から良し悪しを判断されて変化していきました。しかし、当たり前ですが、人の姿形やその人が感じる美しさは千差万別なんです。これからの時代はさらに情報があふれ、新たな価値観や概念が増えていくでしょう。そのなかで美しさの基準も多様化していき、一人ひとりのニーズに応えるサービスが求められるようになっていくでしょう」と語る山口さん。
これまでユーザーの肌の角層細胞を移し取って分析することで「あなたに最適な商品はこれですよ」という形でパーソナライズドサービスを提供してきたAPEX。「今回、そうしたかたちの他にも方法があることに気づきました。これが正解だと押し付けられるよりも、“自分で選んだ”という感覚が欲しいのです。私たちは“最終的に選ぶのは人である”ということに行き着き、お客さまがカスタマイズできるようにリニューアルしました」と菅は新生APEXが誕生した経緯を振り返ります。
持つべきはパーソナルとしての強さ
美しさの定義が多様化していくなかで、個人がどうやって判断していくのか。「他人に左右されるのではなく、本当に自分がいいと思うことを見つけ、その良し悪しを自分で判断できるようになることが大切です。“自分らしいとはこうだ”と社会的に決められてしまうと、そこに一番近いと100点で一番遠いと0点という、1人の勝者と99人の敗者を生む世の中になってしまう。いまの社会ではそうした側面も少なくないのではないでしょうか」と山口さんは警鐘を鳴らします。
「たしかに業界の話をすると、化粧品に限らず商品には有名な女優さんやタレントを起用することで、『その人のようになれる』というイメージを訴求します。ですがAPEXは“誰かになる”のではなく、“自分と向き合うもの”なのでモデルや女優さんは起用しませんでした。自分で自分のなりたい人を決めて欲しいのです」。(菅)
「どちらが正しいというわけではなく、本質的にコンセプトと合っているかが大切ですね。菅さんのおっしゃる通りで、なりたい自分が人それぞれあれば美の定義が多様化していくということになる。そして、なりたい自分を実現するために必要なのが“強さ”なんです」。(山口さん)
強さとはなにか。山口さんが挙げたのは、世界中から支持を集めるコム・デ・ギャルソンのデザイナーの川久保玲さんやイッセイミヤケさん、山本耀司さんの名前でした。彼らがパリに進出した70年代のテキスタイルは西洋的なコスチュームの美しさとしての基準がありました。そこで本場の固定観念に従わず、コードから逸脱したのが彼らデザイナーたち。自身の信念を反映したファッションは保守的なファッションの世界を変えるきっかけの一つとなったのです。この信念を貫くことこそが山口さんの話す“強さ”だというわけです。
「自分が美しいと思うことを自分で感じて世の中に伝えたり、人と違う格好を堂々としたりする強さが今、失われている気がするんです。世の中が良いものとして与える情報に埋もれているというか。その人なりの美しさの追求や、その人が自信を持って生きていられるような、その人“らしさ”をエンカレッジしていくことも大事だと思います」。
昭和的な価値観から、一人ひとりに価値のあるものを
昭和・平成の時代から令和へ。個人として強さ、その人“らしさ”を醸成するには今なお根付く「昭和的な価値観」からの脱却が必要だと話す山口さん。
昭和的な価値観に“ものがたくさんあればいい”という考え方がありますが、そこからの転換点として、令和的な価値観であるミニマリズムの流れが出てきます。例えば、片付けコンサルタントのこんまり(近藤麻理恵)さんの書籍は、日本だけでなく物神崇拝の国アメリカでもベストセラーとなりました。こんまりさんがグローバルで評価されていることは、ものに価値がない時代の象徴だと言えます。また、京都にある茶筒専門店の開化堂は、繊細な作りとシンプルなデザインの茶筒で、とことん無駄を省いたミニマリズムが海外で大流行しているという流れもあります。
その一方で、物を作り出すメーカーや企業は商品を売らなければビジネスにならないというジレンマも抱えています。様々な改善策を投じてはいるもののそれは過去の成功例を踏襲しているに留まり、現代的なミニマリズムの手法からはまだ距離があるとも言えます。山口さんは「今の時代に価値あることはなんなのか。一人ひとりが自分の視点を持つことが必要だ」と話します。
AIやテクノロジーの進化であらゆるものごとのコモディティ化が進んで行くと言われるこれからの時代。「そのなかで一人ひとりが強さ、つまり個性を持つことが大切で、そうした個人の思いを反映できるようなパーソナライズドされたサービスが必要とされるはずです。それは美の世界についても同じで、データによる集合知と個人の思いの両方をうまく取り入れたものを消費者は求めていくのではないでしょうか」。
Text by KAN Mine
Edit by TAJIRI Keisuke
