Style  

「誰かのために」が私の喜びに 脳科学が教えてくれる感謝の力

share

毎年11月の感謝祭の時期には、誰と話していても、話題は自然と今自分が感謝していることになることが多いです。特に家族や友人たちと集まって感謝祭を祝う席では、みんなで順番に自分が感謝しているものについて、ちょっとしたスピーチをすることもあるでしょう。その対象は、家族の健康や子どもの存在といった大きなものから、チャンネルを適当に切り替えたらたまたま面白い映画を見つけたことや、この季節限定の大好物の食べ物を味わえた喜びなど、日々の暮らしで見つけたささやかな出来事まで、実にさまざまです。

 

このように感謝の時間を持つことは、心身の健康に良い影響を与えると心理学者たちも認めています。感謝は人にポジティブな気持ちをもたらし、不安や鬱を軽減するとも言われており、より大きな目標を達成する原動力にもなることがわかっています。また、病気の症状を抑えるといった身体的な恩恵があることも報告されています。

 

そして近年、対内的な体験である感謝と、対外的な行為となる利他精神(自分よりも他者の利益を優先して行動すること)の関係を解明しようと、多くの研究者たちが研究を進めています。自分の経験したことに感謝する気持ちは、他者の幸福について考えるという無私の心と、どのような結びつきがあるのでしょうか?

 

神経科学者である私は、感謝と利他精神に反応する脳の領域とその関係に特に関心を持っています。私が長年研究してきたのは、一人の人間の変化が、他者の変化にどのように関係していくのかということでした。

 

 

感謝と利他精神は同じ神経経路を共有している

感謝と利他精神が脳内でどのように関係しているのかを調査するため、私は仲間の研究者たちと、被験者たちにいくつかの質問をすることからスタートしました。被験者がそれぞれどのくらいの頻度で感謝を感じているか、またどの程度の割合で他者の幸福に関心を持っているのかを聞き出すためです。そしてその結果をもとに、感謝のレベルに応じて予測できる利他精神の割合を測定しました。実は他の研究でも、人はより多く感謝の気持ちを抱くほど、利他的に行動しやすくなることがわかっています。

 

次のステップとして、このような人間の傾向が、脳内ではどのように反映されているのかを調べました。被験者たちはMRIスキャナーの中で、パソコンの画面を通じて、現金が自分の口座に振り込まれる映像と、地元のフードバンク(困窮者に食糧援助を行うチャリティー団体)に寄付される映像を見せられます。実験では、被験者がお金を自分に振り込むのか、それともチャリティー団体に寄付するのかを選べる場面もありました。それ以外の時には、自動的にお金が自分の口座に振り込まれるか、寄付されるかの映像を見ることになります。私たちが特に比較したかったのは、自分がお金を受け取る場面と、チャリティー団体に寄付される場面を見た時に、被験者の脳がそれぞれどのように働いているかでした。

 

実験の結果、感謝と利他精神は、実際的な意味においても比喩的な意味においても、脳神経的につながりが深いことがわかりました。前頭葉の奥に位置する領域には、前頭前皮質腹内側部(vmPFC)と呼ばれる部位があります。この部位こそが、感謝と利他精神の2つを支える鍵になります。vmPFCは解剖学的に、そのさらに深層にある、適切な環境下で人に快楽をもたらす神経化学物質を分泌する脳領域と密接な関係を持っています。人は快楽を感じることで報酬を得たと実感できるのですが、vmPFCはそうした領域とのつながりがあるために、リスクと報酬の価値を判断する中枢として機能しているのです。またvmPFCは、自分の心の内側の世界および外の世界に対する漠然としたイメージを司る場所でもあり、人はそれを基準に複雑な推論を行っています。そのため、人格と社会的処理能力をになう部位と言うこともできます。

 

被験者が映像を見ている際、このvmPFCが特に活性化していたのですが、被験者によってその度合いが大きく異なることもわかりました。

 

そこで私たちは、被験者が「チャリティーへの寄付」と「自分への振り込み」の映像を見ている際に、こうした「報酬系」を司る脳の領域がそれぞれどのくらい活性化しているのかを比較することで、「純粋な利他的反応レベル」を測定することにしました。結果として、前述の質問から感謝と利他精神をより多く持っているとされた被験者たちは、最も高い「純粋な利他的反応」レベルを示すことになりました。彼らの脳の報酬系領域は、チャリティーにお金が寄付される映像を見た時に最も強く反応したのです。つまり、フードバンクがうまくいきそうな様子を見て、自分自身も喜びを感じたということです。

 

また別のケースになりますが、私の同僚たちは、このvmPFCを含む報酬系の領域に特化した研究も行っていました。研究では被験者たちに自分の「博愛精神」レベルを自己申告してもらったのですが、そのレベルの個人差は、慈善的な寄付に対する被験者たちの脳の反応を、そのまま反映していることがわかっています。

 

では、こうした脳の報酬系領域こそが、親切心の鍵となるのでしょうか? 実は状況は少し複雑です。

 

 

感謝の習慣が利他精神を生む?

人間の脳というのは、驚くほど柔軟にできています。生まれつき耳が聞こえない人の脳は、通常は音を処理する聴覚領域を、代わりに触覚など他の感覚器を処理できるように変化していきます。神経科学者は、こうした現象を可塑性と呼んでいます。

 

近年私は実験を通じ、こうした高機能な脳の可塑性を利用して、人の感じる喜びや幸福の対象を拡げることができないか探っていました。元々私たちの脳にプログラムされている感謝や共感力、利他精神といった社会的な関係をサポートする感情に、習慣を通じて何かしらの変化を与えることはできないかと考えたのです。

 

そこで私は仲間たちと共に、感謝の頻度をアップさせることで、「与えること」と「受け取ること」に対するvmPFCの反応に変化を与えられるかを実験することにしました。まず私は被験者たちを2つのグループに分けました。最初のグループには、3週間欠かさず、自分が感謝していることを毎日日記につけてもらうことにしました。もう一方のグループには、感謝に限定せず、日常で思いついたことを書いてもらうように伝えました。

 

結果的に、感謝の日記には効果が見られました。感謝の気持ちを記録することで、被験者たちは自分がより多くの感情を経験することになったと報告したのです。別の研究でも、感謝の習慣をつけることで人は他者により協力的になり人間関係を良好にするという結果が出ています。

 

ここで重要なのは、被験者の脳の反応が、「与える」という行為に対しても変化を見せたことです。感謝の日記をつけていたグループは、MRIスキャナーで測定した結果、脳の報酬系領域における「純粋な利他的反応」のスコアが上昇しました。彼らの脳は、自分がお金を受け取った時よりも、チャリティーに寄付された映像を見た時により強く反応するようになったのです。

 

 

報酬における為替レートを変動させる

前述したように、vmPFCは、快楽をもたらす神経化学物質を分泌する脳の領域とも密接なつながりを持っているため、快楽を感じることで、自分が報酬を得たと実感することができるようになります。前頭葉におけるこうした高機能システムは、人が下した判断の価値を常に評価しています。つまり、自分が報酬を得たと感じるレベルに応じて、物事に優先順位をつける機能を持っているのです。どの判断、どの目標、どの関係性を優先すべきなのかを、人に教えてくれているとも言えるでしょう。

 

ここでちょっとたとえ話をしてみましょう。私は13歳の時、叔母にイギリス旅行に誘われました。そこで私はベビーシッターのアルバイトをして、自分でお土産を買えるように貯金を始めました。しかし始めた時には1ポンド1.65ドルだった為替レートが、旅の直前には1ポンド2ドルまで上昇してしまったのです。お土産に10ポンドのものを買った場合、数ヶ月前には16ドルだったのに、旅行中には20ドル支払うことになってしまいました。為替レートに応じてドルの価値が変動するということを思い知った瞬間でした。

 

そしてvmPFCは、ドルをポンドに、またポンドをドルに換算するオフィスのように働く領域なのです。感謝と利他精神を抱きやすい人のvmPFCは、どうやら自分がお金を受け取るよりも、寄付することに価値を見出しているようです。

 

実験では、感謝を習慣化することにより、vmPFC内での「与えること」の価値に変化が起きたことがわかりました。つまり、脳内の為替レートが変動したというわけです。お金をもらうよりも、チャリティーに寄付する方の価値が高くなったのです。それを元に脳が為替レートを計算し、神経系の通貨である神経化学物質が分泌され、脳に報酬が与えられます。それは、人に喜びを感じさせ、目標を達成した気持ちにさせるシグナルとも言えるものです。

 

というわけで、脳がこのように反応する場合には、「与えること」は「受け取ること」よりも価値があると、心から思えるようになるのです。これからの季節、友人や家族と一緒にごちそうを楽しむ感謝祭や、特大セールが行われるブラックフライデー、そしてプレゼント交換のあるクリスマスと、イベントが目白押しです。感謝の習慣をつけることで、あなたも「与えること」を、最大の喜びに感じるようなシーズンを迎えることになるかもしれませんよ。

 

本記事の初出はThe Conversationです。

 

この記事は、SalonChristina Karnsが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、legal@newscred.comにお願いいたします。
share