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連載 ミライビラボ 「謎に包まれていた、表皮バリアとTRPV4の関係」

論文を読み解き、美のエビデンスに触れる「ミライビラボ」。今回は、「表皮バリア機能におけるTRPV4※の重要性」に関する論文をひも解きます。タンパク質の一種である「TRPV4」を研究した結果、正常に働くことで、肌の皮膚バリアの機能保全や肌荒れの改善などに関係していることが分かりました。そのメカニズムの解明に取り組んだ、ポーラ化成工業研究チームの木田尚子研究員に詳細を伺います。
※Transient Receptor Potential Vanilloid 4の略
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皮膚のバランスを整える、表皮バリア機能とは?

私たちの皮膚の重要な機能のひとつに「バリア機能」があります。この表皮バリア機能が備わっていることで、身体の中の水分が必要以上に外に出て行くことを防ぐとともに、外から細菌や刺激物などの異物が進入するのを妨げる役割を果たしています。
このバリア機能は、大きく2つに大別されます。ひとつは、肌表面にある厚さ0.02mmの死細胞からなる「角層バリア」。ふたつめは、タイトジャンクション(細胞同士をくっつけること)による「表皮細胞間バリア」です。 タイトジャンクションは角層のすぐ下にある生きた「表皮細胞」同士をつなぎ、細胞と細胞の間の物質の移動をせき止めています。 多くの人が気温の低い冬場になると冷えて肌が荒れる、乾燥するといったトラブルを実感していますが、これは肌の「冷え」によってバリア機能形成に何らかの障害が起きていることが原因と考えられます。しかし、そのメカニズムはこれまで解明されず、ベールに包まれていました。
そこでポーラ化成工業は、温度と肌のバリア機能にどのような関連性があるのかを紐解くため、新たな研究をスタートしました。
この研究は、温度と生体生理機能研究の第一人者である、自然科学研究機構岡崎総合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)の富永真琴教授の研究グループと共同で進めることになりました。

表皮バリア機能を維持するタンパク質「TRPV4」

研究のベースになったのが、富永研究グループに所属する曽我部隆彰准教授の知見です。曽我部准教授は体内の様々な臓器で温度センサーとして機能する「TRP(トリップ)イオンチャネル」というタンパク質の一種「TRPV4」を専門に研究を行っており、皮膚におけるTRPV4の役割について、研究を進めていました。今回の研究では、曽我部准教授とともに、ヒトの肌・表皮細胞におけるTRPV4の役割は何か、肌のバリア機能との関係性について解き明かすことが今回の大きな目的になりました。
TRPV4と同じように皮膚の温度センサーとして機能するタンパク質は9種類に分類されていて、それぞれに特定の温度域で活性化します。さらに、それぞれのタンパク質は温度以外にも特定の化学物質で活性化することがわかっています。例えば、「TRPV1」はトウガラシの主成分であるカプサイシンや42℃以上の「熱い」温度、「TRPM8」はミントの主成分であるメントールや25℃以下の「冷たい」温度の刺激を受けると、活性化することが知られています。トウガラシを食べると「辛い」と「熱い」を同時に感じるのは、TRPV1の活性化により「熱い」と錯覚するためです。メントールも、同様の理由でひんやりとした冷感を生じるのです。
温度感受性のTRPVイオンチャンネル
今回の研究の主役である「TRPV4」は、30〜37℃というヒトの体温に近い温度で活性化することが分かっています。ヒトの皮膚表面温度は通常33℃付近で、TRPV4は常に活性化していると考えられます。しかし、皮膚表面温度は変動しやすいため、冬場のような低い気温下では皮膚温が25℃以下まで低下することがあり、この時TRPV4は不活性化していると考えられます。そこで、TRPV4の活性化と不活性化とで、肌の「バリア機能」に違いが生まれるのかを検証しました。

ヒトの皮膚組織や細胞を用いたTRPV4のリサーチ

研究では、ヒトの表皮細胞とともに、倫理審査委員会の承認を受けて本物のヒト皮膚組織が用いられました。ヒト皮膚組織を使った実験では、温度によってタイトジャンクションの機能が変わるのかを調べるため、細胞同士の隙間に特殊な試薬を流しタイトジャンクションでせき止められるかを確認する透過試験を行いました。その結果、TRPV4があまり活性化しない28℃で培養した表皮細胞では、タイトジャンクションの形成が不十分で、試薬が漏れていましたが、TRPV4が活性化する33℃で培養した表皮細胞ではせき止められました。このことから、TRPV4が不活性化することによって、表皮細胞間バリア機能が低下することが判明しました。
「この実験を33℃という温度で実施したのには、ある理由があります。生きた細胞や組織を使う実験は通常、ヒトの内部体温に近い37℃を基準に行われるのですが、それだと対象となるTRPV4以外の因子も活動してしまうことが事前の細胞実験で判明したのです。そこでヒトの培養表皮細胞を使い何度も温度設定をして繰り返した結果、TRPV4を検証するには実際の皮膚の表面温度に近い33℃が最適でした」とポーラ化成工業研究チームの木田尚子研究員は話します。この最適な温度条件を調べるだけでも数か月を費やしたそうです。
次に、TRPV4を強制的に活性化させる効果のある薬剤を使って、同じ実験を行いました。すると、TRPV4の活性が下がる28℃でも、この薬剤を加えるとタイトジャンクションの表皮細胞間バリア機能が低下しなかったのです。こうしたことから、ヒトの肌において、TRPV4の活性がバリア機能の制御に重要であることが明らかになったのです。
赤:試薬、緑:タイトジャンクション(オクルディン)。矢印の先にある、赤いものが皮膚組織内から外へ漏れ出した試薬。28℃で培養した皮膚組織は試薬が漏れ出しているが、33℃で培養した皮膚組織、28℃でもTRPV4を活性化する薬剤を加えた皮膚組織は、薬剤が外へ漏れ出していませんでした。

TRPV4を活性化する天然物由来抽出液を探せ!

この研究結果からわかったことは、仮に皮膚の温度が下がっても、TRPV4が活性化していればバリア機能を保つことができるということです。そこで、天然物由来の抽出液を中心に、「TRPV4を強制的に活性化させる効果」を持つものをリサーチすることに。試した抽出液は約140種にも及びます。「TRPV4を活性する成分を見つける試験を繰り返す作業はとても大変でした。加える天然成分の濃度によって効果の度合いがまったく変わってしまうので、濃度をいくつも振り分けながら調べていく必要があったからです。ただ、朝から晩まで同じ作業に従事したおかげで忍耐力も養われたと思います」と木田研究員は当時を振り返ります。そうした苦労の末にTRPV4の活性が高まる抽出液が発見されたのです。

結論「TRPV4の活性化が表皮バリア機能の恒常性に関係している」

これら一連の結果から、TRPV4が正常に働くことが肌の皮膚バリアの機能保全に関係していることが分かりました。こうした研究成果をまとめた論文は、冬場や冷房下で発生するドライスキンの原因解明や、肌を適度に温める美容法を裏付ける科学的根拠として、2015年に日本の化粧品技術者会誌(SCCJ)ジャーナル優秀論文表彰において「最優秀論文賞」を獲得しました。
Illustrations by SHINCHI Kenro
Text by MURAKAMI Kodai
Edit by KAN Mine
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