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人生を楽しむヒントは子ども時代の趣味に

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子どもの頃に大好きだったのに、大人になってからやめてしまったことはありませんか? たとえばサッカーだったり、映画のサントラに合わせて歌うこと、それからテレビ番組「ボブの絵画教室」のボブ・ロスに倣って絵を描くことだったり……。私にとって、それはダンスでした。しかし思春期を経て成人になるまでの間に、自分が最も楽しんでいたはずのあの時間は、すっかり過去のものになってしまったのです。その代わりに今は何をしているかって? 高いお金を払ってジムの自転車マシンのクラスに参加したり、返信が遅れたことを謝るメールを打ったりと、そんなことばかりに時間を費やしています。

 

踊るのが好きだったとはいえ、幼少期をバレエやタップダンスに捧げていたわけではありません。むしろ、どんな時でもただ踊ることを楽しんでいたのです。それはまさにMTV(テレビの音楽専門チャンネル)全盛期の時代、ルイジアナ州の小さな町に育ったシャイで出不精な私にとって、リッキー・マーティンがビデオ・ミュージック・アワードでお尻を振っている姿を観ることは、何よりのエンターテイメントでした。そしてテレビを観ながら、私だってもしかしたら、いつかはあんな風に有名になれるかもしれないと思ったりもしていたのです。また、それはティーンエイジャーとしての不安や悩みを忘れさせてくれる時間でもありました。他の女の子たちがデートやファーストキスの話題で盛り上がっているなか、私は親友のブリタニーと一緒に、彼女の母親のビデオカメラを借りてミュージックビデオを撮影したり、自分たちのお遊びのラジオ番組が主催する「バック・ストリート・ボーイズのダンスバトル大会」のためにダンスを練習したりしていました。私たちは、まさに2人だけで小さな世界を作り上げていたのです。(まだインスタグラムが存在していなかったことに、ホッとする気持ちもあります)。

 

しかし8年生になった時、突然ルイジアナから引っ越すことになり、私はいかにも思春期の子どもらしく、大きな絶望を感じることになりました。ブリタニーとの別れもつらかったですが、南カリフォルニアのマンモス校に学年の途中から転校生として編入するのは、とにかく大変だったのです。けれど、ここでもダンスが私を救ってくれました。学校で人気のある女の子の1人が、学年末のタレントショー(自由参加の学芸会)に誘ってくれたのです。(踊ったのはミッシー・エリオットの「Get Your Freak On」でしたが、14歳が踊るにはかなり違和感があるチョイスで、そのことを未だに覚えています)。

 

私はその後もダンスを楽しみ、それは大学に入っても変わりませんでした。所属していたアカペラ・グループでの舞台や公演、それからワシントンD.C.中のいくつものバーのステージで私は躍り続けました。ポップスターになりたいという気持ちは残っていましたが、その時点で私はたくさんの才能ある人々に出会っていたので、そんな大層な夢を実現するのは不可能だと思うようになっていました。(しかもこれは謙遜ではありません。知り合いの1人はストリートダンスバトル番組「アメリカズ・ベスト・ダンス・クルー」で優勝していますし、もう1人はジェニファー・ロペスと一緒にツアーを周るほどなのです)。そうこうするうちに、私は自分のエネルギーをもっと実用的なことに向けるようになりました。それは、たとえばインターンシップをしたり、アルバイトをしたり、ハリー・ポッター・ワールドに行く旅費をためたり……ということです。

 

アカペラを通じて出会った友人のケイトは、ミュージカルの世界について、私と同じようなことを感じているようです。「私はずっと歌うことが大好きだったけれど、そこでキャリアを築くことはできないことに気づいたの」と、彼女はサングリアを傾けながら話してくれました。ケイトがミュージカルを通じて一緒に成長してきた仲間のうち数名は、ブロードウェイの俳優組合エクイティに加入する有名俳優になったと言います。また、彼女の姉は学費の高い私立学校で演劇を教えているそうです。一方ケイティは、インテリアショップ「West Elm」で、優秀なUXデザイナーとして働いています。それでも彼女は、自分の部屋やカラオケで、ちょくちょく歌っていると教えてくれました。歌っていると、幸せを感じられるのだそうです。「しばらく歌っていないと、やっぱり気が滅入ってくるからね」。

 

フィラデルフィアにあるテンプル大学医学部の神経学部主任教授S・アシーム・アジジ博士は、「人は、たとえば趣味のように、自分が楽しいと思えることをしていると、脳の側坐核という部位が活発になることがわかっています。側坐核は、自分が人生に対して抱いている感情をコントロールする部位でもあります」と説明しています。側坐核は快楽物質であるドーパミンを分泌する作用を持つとも言われていますが、自分が本当に楽しんだ経験のある、子ども時代の趣味を続けることで、まさにこうした快楽の中枢を刺激することができるというのです。

 

30歳を迎えるにあたり、私は改めて自分を見つめ直していました。私は不安を抱えたまま、落ち着かない日々を過ごしていたのです。まもなく「人生の転機」と呼ばれる年齢に達するというのに、高校の頃と変わらずに体重を5キロ落とすことに必死になっていましたし、8年も関係を続けている恋人がいるにもかかわらず、結婚式を挙げる予定すらありません。それに、自分が好きだと思える仕事についているのに、キャリアの上で自分より先を行っているように見える人と、自分をどうしても比べてしまいます。

 

ある日、私は思い立って、友人とヒップホップのクラスに参加してみることにしました。しかし自意識過剰になり、ぎこちない動きしかできませんでした。振り付けをマスターすることばかりに集中し、楽しむということを忘れていたのです。リビングルームであんなに堂々と踊っていた8歳の私は、いったいどこに行ってしまったのでしょう? 朝まで街で過ごし、帰りのバスのなかで(そう、なかでです!)ダンスバトルを繰り広げた、あの自由な大学生の私は? あの頃の自分に、私はすっかり別れを告げてしまったというのでしょうか?

 

そこで私は、別のクラスに挑戦することにしました(ブリトニー・スピアーズの「I’m a Slave 4U」に合わせて踊るクラスで、あの輝かしい日々を思い出すことができました)。それからまた別のクラスも(ビヨンセの「Grown Woman」を踊るクラスです)。そうするうちに私の身体もだんだん順応し、またダンスを楽しめるようになってきました。そしてダンスに喜びを感じることで、平穏な日々を取り戻すことができるようになったのです。私は自分自身に立ち返る時間を持てるようになり、いつも悩まされてきた、頭のなかの声をしばらくシャットダウンすることもできるようになりました。それに、16年前に初めて成長期を迎えて以来、優しくすることができなくなっていた自分の身体とも、再び繋がりを感じられるようになってきました。エリザベス・ギルバートの人生論『BIG MAGIC「夢中になる」ことからはじめよう。』には、40歳になって再びフィギュアスケートを始めた友人の話が出てきます。その友人は、「自分がただの消費者で、日々の義務と責任に追われるだけの人間」という思いを、スケートが払拭してくれたと話しています。つまり彼女は、スケートをすることで「より生き生きと、年齢を感じずに」いられるようになったというのです。

 

ある夜、私はなかなか寝付けなかったので、ナイトスタンドに置いていた本を手に取りました。アン・ラモットの『Almost Everything: Notes on Hope』です。しばらく読んでいると、次の文章に出会いました。「遊びは、人の心を開いてくれます。また、小さい頃におもちゃに夢中になっていたように、集中力をもたらしてくれるものでもあります。遊びとは、まさに遊びでしかありません。必ずこうしなくてはいけないというルールはありませんし、本来楽しむこと以外に目的はありません。それにも関わらず、遊びは心を開き、人に心地良い疲れをもたらし、今この瞬間に意識を向ける手助けをしてくれます。このように、遊びは人に大きなギフトを与えてくれるものなのです」これを読んで、私は自分にはなぜダンスが必要なのかを、ようやく思い出すことができました。今度あなたがうちに遊びに来る時には、私は「Cha Cha Slide」を踊りながら待っていることでしょう。

 

 

この記事は、PurewowのJenny Jinが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、legal@newscred.comにお願いいたします。

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