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美白と美肌、これからの私らしい肌へ

つやめく透明美肌を目指すポーラの化粧品ブランド「ホワイトショット」。2020年4月、新たに2つのプロダクト「ホワイトショット インナーロック リキッド IXS」と「ホワイトショット QXS」がラインナップされました。そこで今回は、世界各国のファッションモデルと向き合ってきたメークアップアーティスト・松井里加さんと、ポーラ文化研究所学芸員・富澤洋子さんの対談を実施。グローバルな美的感覚と日本の美容史、それぞれの観点を織り交ぜながら次世代の美白観念を探ります。
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「色の白いは七難隠す」という言葉があるように、日本では昔から肌の白さを美の象徴=「美白」として讃えてきました。そもそも、美白の概念は日本特有であり、海外では美白という感覚が認識されていないとも言われています。では、日本と海外における「美しい肌」には、一体どのような違いがあるのでしょうか?
ニューヨーク・パリ・ミラノで経験を積み、様々なブランドのコレクションやメディアで活躍しているメークアップアーティスト・松井里加さんと、化粧文化を長年研究しているポーラ文化研究所学芸員・富澤洋子さんに、それぞれの立場から美白観念を紐解いていただきました。

世界的トレンドになりつつある「日本人の肌」

ーまずは、海外で多様な美に触れてきた松井さんにお伺いしたいのですが、今回のテーマである「美白」という美的観念は海外でどう捉えられているのでしょうか?
松井 そもそも英語圏に「美白」を意味する単語はなくて。というのも、海外の人にとって「美白」にあたる意識というのは「内側から輝くような肌であること」で、「肌を白くする」ということではないんです。みんなそれぞれ肌の色は違うわけですから、その人が持っているありのままの肌を美しくするというのが共通意識なのかなと思います。
ーいわば「美肌」ですね。そういった意識は、いつごろから広まり始めたと感じていらっしゃいますか?
松井 欧米では10年くらい前まで「日焼け大好き!」という人が大多数で、太陽光を存分に浴びて日焼けした肌が健康美とされていました。最近でこそ多くのモデルが日焼けしないように気をつけていますけれど、当時ニューヨークで日傘をさしているのは私くらいでしたし、その意識の違いにはビックリしましたね。環境破壊の問題などから年々、紫外線が皮膚に影響を与えているという意識が根づいてきて、今ではハリウッドでも全身をブロンズのスプレーで塗って“日焼けメーク”をしているくらいです。日焼けは肌に良くないけれど、ヘルシーという旧来のイメージはいまだに好まれていますから。
松井里加さん
富澤 日本人も1990年代までは若い人を中心に、欧米人の日焼け肌に憧れて肌を焼いていました。ただ、1990年代後半にオゾンホールやオーストラリアでの皮膚ガン増加の問題が取り沙汰されるようになって、ようやく「ちょっとマズいかも」という意識が生まれてきたようです。同じ年齢でも、紫外線を浴びた人とそうでない人とで差が出る「光老化」について知られるようになったのも1990年代の終わりごろ。2000年代初頭には「ガングロブーム」が起こりましたけれど、実際は焼かずにメークで肌を黒くする人も多かったみたいですよ。
ー肌への意識は環境問題ともリンクしていたんですね。松井さんはトレンドの最先端で活動されていらっしゃいますが、肌の質感にもトレンドはあるのでしょうか?
松井 多様化はしていますけれど、あると思います。ただし、移り変わりはかなり早いですね。最近だと、グロウよりもセミマットで、よりカバー感のある肌が主流。ここのところファッショントレンドがストリートから少しキレイ目に移り変わってきているので、それによって肌質のトレンドも変わってくると思います。
ー地域や人種によって、トレンドも違うのでしょうか?
松井 最近はコレクションでもアジア人モデルがすごく人気なので、アジア人の顔立ちや肌質に合うメークが研究されていると思います。私がニューヨークで活動していた2000〜2006年当時は、みんな本当にアジア人のメークを知らなくて。私のボスですら、どうしたらいいのかわからない状態になることもあるくらいでした。でもいまは、コレクションのファーストルックを飾ることもあるくらいアジア人モデルが台頭していますよね。ファンデーションで肌のトーンを上げるのも、アジアのメークトレンドやアニメの影響があるかもしれません。
ーアジア人にとって欧米人の肌が憧れの対象になることもありましたが、逆輸入的に欧米へ影響を与えているというのはおもしろいですね。
松井 アジア人、特に日本人は見た目が若く見える人が多いので、そこへの憧れもあると思います。年齢より若く見えるためのポイントとして、肌のキメの細かさや艶やかさを欧米の人たちが意識し始めたのでしょうか。海外のモデルさんからも「母と同年代なのに、全然そんな年齢に見えない」「どうして日本人の肌は若々しく見えるんだろう?」ってすごく聞かれますね。
富澤洋子さん
ー確かに、海外の方から見て「日本人は実年齢よりも幼く見える」というお話は聞いたことがあります。そこを印象づけているのは容姿だけではなく、肌の質感によるものだったですね。
松井 見た目にはわかりづらいんですけれど、外国人の方は顔にも産毛がたくさん生えているんです。だからリキッドファンデーションを使っても産毛が水分を吸ってしまって、ツヤが出づらいこともあります。日本人は丁寧にケアしている方が多いですし、肌質もキメ細やかなので、メーク映えするんですよね。
富澤 そうですね。テカリや「塗った感」を出さずナチュラルに、というのが日本人の好きな肌なのかなと。それを表現するために、まず土台である肌が美しくなくてはいけないという考え方は、1813年、江戸時代後半に出版された美容本『都風俗化粧伝』にも書かれています。

美肌の先にある憧れとしての「美白」

ー世界的な注目を集める日本人の美肌への意識は、長い歴史のなかで培われてきたのですね。現代では「ホワイトショット」のように美白効果のある美容アイテムもありますが、そもそも「美白」という発想はいつどのようにして生まれたのでしょうか?
「ホワイトショット インナーロック リキッド IXS」(左)、「ホワイトショット QXS」(右)
富澤 白粉で顔を白く塗るという文化は、平安時代のころからあります。高貴な方、たとえば源氏物語に出てくるような深窓の姫君は、労働をしないので日に焼けることがありません。また、身分の高い人はお化粧品で白い肌を演出することもできました。そういったことから「肌が白い=高貴である」という結びつきが生まれ、「白く美しい肌」への憧れが始まったのではないかと考えられています。
ー身分の高い人のみが持ち得た「白く美しい肌」は、その後どのようにして庶民の人たちまで広がっていったのでしょう?
富澤 なかなか記録は残っていないのですが、江戸時代ごろから庶民に普及してきたことがわかっています。というのも、先ほどお話した美容本『都風俗化粧伝』には“肌の色を白く見せる伝”なんてことが書かれているんですね。江戸時代のお化粧というと、今の舞妓さんみたいな、しっかりとしたメークを想像される方が多いと思うんですけれど、この本では「ナチュラルであることが大事であり、そのためにはまず土台となる素肌をキレイにしましょう」と謳われています。考え方としてはいまに通じるものがありますよね。
松井 そうですね、いまと変わらない。
ポーラ文化研究所が所蔵する『都風俗化粧伝』。200年前の美容術が現代に活きているものも多いという
富澤 肌を白くすることのほかにも、ホクロを抜く、イボを取るなど、微に入り細に入り書いてある本なんです。このころは中国から入ってきた鉱物や植物について学ぶ本草学が盛んだったので、そういった知識を取り入れた化粧品のレシピも書かれていました。例えば、シワ取りの方法として「チョテイを煮詰めたものを顔にパックしましょう」と。チョテイってなにかというと、猪の爪。つまり豚足のコラーゲンなんです。
松井 そういうことなんですね! 江戸時代にもすでにそんな独自の美容法があったとは。
富澤 なかなか侮れないですよね。有名な「色の白いは七難隠す」という言葉もこのころ生まれます。「玉のような美しさ」なんて表現もありますよね。なめらかでキメの細かい白い肌が好ましいという意識が、すでにこの時代からありました。それを現代ではメークで演出するようになっているんだと思います。
松井 当時は、顔を白く塗るというより自然な肌色を塗っていたということですか?
富澤 いえ、白粉三段重ねという道具を使って、真っ白な水性の鉛白粉が一般的に使われていました。水で溶くと塗り跡が出るんですけれど、粉をそのまま肌に乗せるとスーッと吸い込まれて、素肌が白く透き通るように見えるんです。もちろん白粉を使うので、今よりは白っぽいと思うんですけれど、べったりと塗ったようなマットな白さではなくて、一度塗ったところを手ぬぐいで拭ったり塗り重ねたりしながら濃淡をつけることによって、立体感のある自然な白い肌を作っていたようです。今でいうコントゥアリングと似ているところがあるかもしれませんね。
鉛が含まれた白粉。現代では身体に害を及ぼすため使用が禁止されている
松井 べったりと白く塗っているイメージだったので、自然に見えるように工夫していたというのは意外です。すごく繊細で意識が高いですよね。私もその人らしい肌になるように心がけてメークを施しているので、昔からそういった意識でお化粧をされていたんだと知ることができて良かったです。

美白は自分らしさの表現のひとつ

ー現代ではメークアイテムの選択肢が広がりましたが、その一方で、近年はスキンケアやライフスタイルから「自分らしい美しさを育んでいく」という意識も高まっているように感じます。おふたりは美肌を目指す意義についてどう考えていらっしゃいますか?
松井 日々のお手入れってすごく大事で、それがその人らしさを作っていくというか。自分だけの美しさを追求するには毎日のお手入れが大事ですし、日々の積み重ねでしか得られないものじゃないかなって。内側から発光しているような、水分を含んだみずみずしい肌ってキレイですよね。湖と一緒で反射しますし、透明感のあるツヤってやっぱり美しい。ツヤツヤしているものって、触りたくなるし思わず目を奪われてしまう。美肌ってつまりは、自分の肌を明るく見せるっていうことなのかなって思いますね。
富澤 「美白」も、肌を白く見せるということよりもむしろ、健康意識に紐づいているものだと思っていて。「健やかな肌」のなかのひとつとして、紫外線ダメージをケアしていくっていう考え方が先にあるのかなと。肌を健康な状態に戻すというのは、『都風俗化粧伝』が読まれていた時代から大事にされている部分でもあると思います。
ー美肌を目指すということは、メークを楽しむための土台作りでもあり、自分に備わっている美しさに気づかせてくれるものなんですね。そう考えると、自分らしさを大切にする海外の美的感覚と日本に古来から根づいている美白思想がクロスオーバーするように感じられます。
富澤 これからは、お化粧や肌へのケアに対する感覚もどんどん変わっていくんでしょうね。最近は男性用のメークアイテムやスキンケア商品も出てきていますし。日本人にとってはお肌の手入れ=身だしなみという感覚も古くからありましたけれど、いまはそれが自分らしさの表現方法に変わってきつつある。おもしろい時期なのかなって思います。
松井 「私は私だ」って思える強さを得るためにもセルフケアは大事ですよね。自分と向き合って努力している人は、美しいと思います。メークもより楽しめますし、それがまた自信にもつながっていく。これからの時代は、そういう自分らしい美しさを育んでいくことがより求められていくのかなと思います。
内なる輝きのあふれる美しい肌を目指して──。古くから日本人が向き合い追求してきた「美白」は、世界から注目を集める「美肌」として、いまや「健康的な肌」の世界的な定義を変えつつあります。
美白とは、自分らしく輝くためのひとつの手法。そしてそれが、自分らしさを重んじ、多様性を是とするグローバルな感覚にも結びついていくのです。ポーラの「ホワイトショット」は、自分らしく美しい肌を目指す人をしっかりサポートするべく開発されました。そこには、日本古来からの美白に対する哲学と、自分らしい健康的な美肌を追求する現代の美意識が込められ、これからの美肌を下支えしてくれる存在になるはずです。
松井里加(まつい・りか)
Profile/2000年渡米。ニューヨークを拠点に活動する傍ら、ミラノ&パリのコレクションにも参加。2006年に帰国後、フリーランスメークアップアーティストとして、ファッション誌や広告の第一線で活躍している。最新のモードトレンドを積極的に取り入れつつも気品のある、フェミニンなメークに定評がある。A.K.A.マネジメント所属。
http://www.akamg.com/creator/rikamatsui/
富澤洋子(とみざわ・ようこ)
Profile/2004年よりポーラ文化研究所にて化粧や美容の歴史や美人観の変遷など、化粧文化についての研究を行い、展覧会、セミナーなどで発表。主な研究領域は近代の化粧文化史。著書に『よそおいの楽しみ、かざる悦び―アール・ヌーヴォー期の銀製手鏡』、共著『近・現代化粧文化史年表』『明治・大正・昭和の化粧文化』(いずれもポーラ文化研究所発行) 。
https://cosmetic-culture.po-holdings.co.jp/
ホワイトショット
https://www.pola.co.jp/brand/whiteshot/
Photo by NISHI Yukimi
Text by NONAKA Misaki
Edit by NARAHARA Hayato
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