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「繰り返しの体験」から考える マインドフルな世界の楽しみ方

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たとえ毎日繰り返したとしても、飽きないことがあると思います。これは人間の心理の不思議を考える上で、それほど注目されてこなかったことのひとつです。定期的にパブに通ったり、何度もお気に入りの道を散歩したり、もしくは同じ曲を20回もリピートで聴きたくなったり……。しかしそうした行為は、どうも「快楽順応」と呼ばれる心理学的な原理に反しているようです。快楽順応とは、人が快楽に慣れることで、そこから喜びを得ることが難しくなるという現象のことを言います。おそらく私たちは、進化のために真新しいものに惹かれるようにできているのでしょう。たとえば有史以前のサバンナにおいては、新しいものはより脅威的であり、同時により多くの機会を与えてくれると見なされていました。現代の経済社会も、この事実を絶え間なく利用することで回っていると言えるでしょう。そうした社会では、繰り返しを好む人はちょっとめずらしいと思われることもあります。確かにニュースメディアの現状を考えれば、最新の情報や話題の文学作品ではなく、私のようにシャーロック・ホームズを読み返したくなる気持ちも理解してもらえるかもしれません。しかしそれを立派な行為と見なしてくれる人は少なさそうです。現実を見ないようにしていると思われるからかもしれません。

 

そんな時、私はシカゴ大学エド・オブライエン教授の最新研究報告を見つけ、喜びの声を上げました。「繰り返し」についてこれまで考えてきたことを、再考するきっかけになったからです。オブライエン教授はまず、被験者たちに新しい体験(映画、美術館、ビデオゲーム)を試してもらい、その内の数名には再び同じ体験を繰り返してもらいました。一方で残りの被験者には、繰り返しをする被験者たちがどのくらいその体験を楽しめるか、予測してもらうことにしました。研究結果を要約すると、繰り返した被験者たちは、予測を超える割合でその体験を楽しむことができたそうです。しかもその理由は、一度見ていることで安心感を抱いたからではなく、初見では見逃していた新しい点に気づくことができたからだというのです。「初めての体験では『自分はこれをようやく見ることができた』という感覚が勝ることになり、結果として、その作品の細部を見逃してしまうのかもしれません。ですから2回目以降にも楽しむ余地が残されているのではないでしょうか」とオブライエン教授は考察しています。つまりここで問いかけられているのは、人は見慣れている安心感からではなく、むしろ見たようで見ていなかったものを発見することから、喜びを得ているのではないかということです。

 

これは、情報と脳の関係を考えてみれば驚くことではありません。私たちの脳はいかなる瞬間にも大量の情報を受け取っており、有意識状態では全体のたった0.0003%しか処理できていないという推定結果も出ています。つまり、ほとんどすべての情報が取り込まれぬまま流れていくということです。人間はもともと注意散漫になりやすいですし、今はかつてないほどに気をそらせるものが多い時代です。そう考えれば、すべての繰り返しの経験がまったく違ったものになったとしてもおかしくはなさそうです。シェイクスピアやジェーン・オースティンの作品が再読の価値があるものだということは、きっと多くの人が賛同してくれるでしょう。しかし人の脳の受容能力に制限があることがわかれば、娯楽小説やリアリティ番組であっても、同じことが言えるのではないでしょうか。

 

こうした心理状態で日常と向き合うことができれば、作家サム・ハリスの次の言葉も理解できると思います。つまり、「退屈を感じるのは、物事に100%の注意を向けていないからだ」というわけです。すべての体験には、新しい発見の余地があります。ある物事を退屈に感じるのは、気が短かったり、他のものに気を取られたりするために、それ以上の何かを見出すことをやめてしまったからではないでしょうか。また、同じく作家のGK・チェスタトンはこんな言葉を残しています。「この地上にはおもしろくないテーマなど存在しない。存在するのは、おもしろがれない人間だけだ」。実はハリスは、瞑想を通じて先ほどの考えに至ったと言います。瞑想をするうちに、人は呼吸といった実にささいな行為にも大きな魅力を見出せるようになるからです。もし呼吸するたびに新しい好奇心に満たされるのであれば、ちょっとしたハイキングや、近所の店までの道のりですら、一生に一度の素晴らしい体験になると思いませんか?

 

 

この記事は、The GuardianのOliver Burkenmanが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、legal@newscred.comにお願いいたします。

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