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日々の生活に役立つ哲学 スピノザ、エピクロス、アリストテレス

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ある日IKEAに出かけた私は、ふらふらと通路をさまよったあげく、もはや4時間が経過していました。恋人との会話もとっくになくなっています。物でいっぱいになったカートを押しながら、ありとあらゆる箱類が売られたコーナーにたどり着いた時、私は深呼吸をして泣くのをこらえました。そしてこう思ったのです。ああ、この世に哲学があって良かったと。

 

私が哲学に興味を持ち始めたのは、まだ10代の頃でした。通っていたパリの高校では哲学の授業があったのです。しかし当時、私は哲学を堅苦しいものだと感じていました。哲学者とは、とにかく難解で読みづらい文章を書く、白い髭を生やした年配者のことだとばかり思い込んでいたのです。しかし16歳の時、ある先生からもらったヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』に書かれていた言葉に私はハッとさせられました。それは、「語り得ないことについては、人は沈黙しなければならない」というものでした。

 

まるで新しい世界が開けるような体験でした。その世界では、私たちは考え、語る権利を持つだけではなく、自分の無知を認め、世の中の不思議に対して驚嘆の気持ちを感じることができるのだと、気づいたのです。以来、こうした哲学の教えをどうしたらより良い日常生活を送るために使えるのか、私はずっと考え続けてきました。そしてまずは、自分の生活に当てはめることから始めてみることにしました。

 

さて、場面は冒頭のIKEAのシーンに戻ります。始まりはすべて順調だったのです。私は綿密に計画を立て、きちんとリストも作っていましたし、物を大量に消費することの危険性についても重々理解しているつもりでした。それなのにIKEAの迷宮に足を踏み入れるやいなや、あれもこれも買いたいという切迫した気持ちが芽生え、片っ端から商品に手を伸ばしていたのです。鉢植えの植物やクッション、スポットライト、そしてワニのぬいぐるみ……。レジで278.50ポンドを支払う頃には、私はすっかり自己嫌悪に苛まれていました。いったい何が起こったというのでしょう?

 

IKEAの魅力的な商品群のせいにすることもできるかもしれません。それとも、新しい品物をどうしても買いたいという欲望を、ただ自分が止められなかったせいなのか……。しかしバルーフ・デ・スピノザなら、また別のことを言うはずです。スピノザは、欲望を持つことで自分を責める必要はないと説いています。むしろ、欲望を持つことには意味があるとさえ言うのです。彼の著書である『エチカ』によれば、すべての人には欲望、願望、情熱からなる、本質的なエネルギーがあるそうなのです。とはいえそうしたエネルギーは、毎朝ベッドから起き上がった時に感じるわけではありません。欲望は、あるシチュエーションを通じて湧き上がってくるそうなのです。たとえば、私のようにランプシェードを見つくろっている時などに。そしていったん目を覚ました欲望は、あなたの思考回路に火を放つのです。

 

では、私は物を買うのを控えるべきだったのでしょうか? スピノザにとって倫理とは、物を買わないと誓うことではありません。自制心を持っている人が、必ずしも賢い人だというわけではないのです。賢者とは、むしろ自分が何に惹かれ、何に落胆させられるのかに気づき、身近な世界を真に理解する人だといいます。倫理とはつまり、自分を突き動かすような情熱を理解しようと努めることだと言えるのです。そのためには、自分の声に深く耳を傾けることが重要になるでしょう。

 

そこで私は次に買い物に行く前に、自分が実際には何を求めているのかを熟考してみることにしました。買おうとしている物自体だけでなく、それらに何を求めているのか考えたのです。安らぎ? それともわくわくする気持ち? それとも居住空間を、より居心地の良いものにしたかったから? このように自分を振り返ることで、今まで自分が気づかなかった欲望を掘り起こすことができますし、買い物の際もより良い選択をできるようになるはずです。

 

また哲学は、健康について考える上でも、私の人生を変えてくれました。20代の頃、私は自分の若さと無敵さを試すかのように、毎週末はパーティー三昧で、翌朝ひどい二日酔いと戦う生活を送っていました。その一方、突然ヘルシーな食生活に目覚め、お酒を飲まずに過ごすような期間もありました。そんな時には、エッセンシャルオイルを焚くといった、よくあるセルフケアテクニックをあれこれ試し、自分が高潔な人間になった気がしたものです。しかしそれも長続きはしません。「1杯だけなら」と誓っておきながら、友人たちに誘われてワインを数本空け、翌日の午後にはまた自己嫌悪に陥るということばかり繰り返していました。

 

そんなサイクルから私を救ってくれたのは、自尊心について多く語ったアリストテレスです。『ニコマコス倫理学』のなかで、アリストテレスは「人間の行いにとって最善とは何か?」という命題に答えようとしています。毎週土曜日に酔っ払うことは、この答えにはまず当てはまらないでしょう。しかしこうした経験からでも、何かしらの知恵を引き出すことはできるはずだと、アリストテレスは考えていたように思えます。人生のどんな出来事でも、たとえそれが恥ずかしいものだったとしても、自分自身を深く知る上では役に立つとアリストテレスは語っているのです。なんとも慰められる考え方だと思いますし、人類が罪悪感を抱きながら生きてきた2500年にわたり、彼の思想が引き継がれてきた理由がよくわかるような気がします。

 

アリストテレスにとっての「美徳」とは、自分のなかの「悪癖」を取り除くことではなく、むしろ、自分が幸福でいられる可能性を自分自身に与えることにあります。確かに「美徳」と聞くと、たとえばジュースクレンズを真面目に行う人を表現する時に使うような、どこか堅苦しい言葉に思えてしまいますよね。ですが、ここでいう美徳とは「より良く生きる」という意味で、最終的には、自分自身と調和するということに尽きると思うのです。

 

またアリストテレスは、思慮深く、瞑想的な人にとっての幸福は、勇気とバランスと平静さを自分のなかに見出した時にもたらされると語っています。つまりアリストテレスの考える幸福は、18時以降は炭水化物を摂らないといった行動が与えてくれるものではないのです。美徳は暮らしのなかで見出されるもので、それは毎日小さなことの積み重ねで得られるものです。1日1日を生き、毎回できる限り思慮深い決断を下していくことによってのみ、進歩がもたらされるのでしょう。ですから日曜の朝の二日酔いから学ぶことがあるとしたら、それは次に飲みに出かける際、3杯飲んだ後は水だけにしようと自分に言い聞かせることです。それを繰り返すことで、いつしか習慣になっていくはずです。「人間とは繰り返し行うことの集大成である。であるから優秀さとは、行為ではなく、習慣によるものなのだ」とアリストテレスも言うように。

 

哲学というテーマはどうしても重く捉えられがちです。人生の重大な命題を24時間、年中無休で考え続ける必要があるとでもいうように。しかし実際には、哲学はその真逆のこと、つまりいかに悩みを解消するかを語っているものが多いのです。そんな時に思い出すのは、家族や友人たちと過ごす年末のホリデーシーズンによくある出来事です。みんなで集まってゆったり楽しむ週末のはずなのに、誰もがスマートフォンの画面から目を離さず、「情報に乗り遅れないようにする」という口実で、次々と流れてくるニュースに夢中になっているのです。でも、エピクロスならそれを良しとしないでしょう。

 

エピクロスは紀元前341年生まれのギリシャ人哲学者ですが、現代では贅沢さや快楽主義と結びつけて語られることが多いようです。しかしエピクロスは、むしろもっと素朴なことに注目しているはずです。エピクロスは私たちに、人生におけるあらゆる喜びに目を向け、自分が愛する人々や物をいつくしみ、すべての機会を大切にすることを教えてくれているのです。それはつまり、ドナルド・トランプについての最新ニュースに惑わされることなく、愛する人たちと一緒の時間を過ごすことだとも言えるでしょう。

 

エピクロスは、自分にとっての本質的な要求を満たすために努力すべきだと説きながら、私たちが求めていることのほとんどは、実は不必要なものだと気づくようにとも言っています。事実、私たちが人生に求めるものは非常にシンプルなはずです。たとえば、常に携帯電話に流れてくる情報をチェックしていなくては生きていけない、という人はいないでしょう。最新情報を仕入れておくことで、より良い自分になり、世界をより良くできると考える人もいるかもしれませんが、実際にメディアを通じて読むことの多くは自分のコントロールが及ばない世界の話で、不安感を与えられるばかりということもあります。それらに時間を費やすことで、より高徳で、思慮深く、他者のことを考えられる人間になれるとは思えません。むしろ、今与えられている瞬間を生き、人々とつながる機会を失っている可能性があるでしょう。知恵というものは時として、ものを知らないからこそ得られるのだということを、哲学は思い出させてくれます。冒頭で紹介した「語り得ないことについては、人は沈黙しなければならない」という言葉のように、私たちには携帯電話を「サイレント」モードにしておく時間も必要なのです。

 

現代人のジレンマ解消のためのおすすめ哲学リスト

 

1. 嘘をつくべきか、つかざるべきか

哲学者は真実の追求を信念にしています。では、おばあちゃんが誕生日にくれたプレゼントが、世界一ダサいジャンパーだった時にはどうしたら良いでしょうか? 本心を伝えてしまったら、おばあちゃんを傷つけることになります。ありがたいことに、ジョン・スチュワート・ミルは犠牲を払ってまで正直でいる必要はないと言います。罪のない嘘も、現実的に役立つ時があるのです。ありがとう、おばあちゃん。

 

2. 失恋の傷を癒す

失恋の傷を本当に癒してくれるのは、時間だけかもしれません。しかしイマニュエル・カントは、そもそも情熱的な恋愛に対して懐疑的な意見を持っています。カントはむしろ、より深く、また理性的な愛を良しとしているようです。そう考えれば、一時的なロマンスだけが人生じゃないと思い出せるかもしれません。

 

3. エクササイズ目標を達成するために

フレデリック・ニーチェの概念に「意志への力」というものがあるのですが、それはたとえば、あなたのテンションを上げてくれるエクササイズ用プレイリストを、より知的に解釈したものだと言えそうです。どんな怠惰さも吹き飛ばしてしまうような、大胆で威勢の良い音楽のようなものです。

 

4. 理解しがたい義理の家族と向き合う時

パートナーのことは愛しているのに、その家族との会話はまるで宇宙人を相手にしているかのよう、なんて人はいませんか。わかり合えないのには、理由があります。ルドヴィグ・ヴィトゲンシュタインは、人間のグループにはそれぞれ特徴的な文化やコードがあると論じています。少し時間をかけて彼らの会話の特徴を学びましょう。そうすれば、充分なコミュニケーションが取れるようになるかもしれません。

 

 

この記事は、The GuardianのMarie Robertが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、legal@newscred.comにお願いいたします。

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