Style  

人とつながり、理解し合う 今こそ「聞く技術」を磨きませんか

share

私はジャーナリストなのですが、人はそう聞くと、自分も大学新聞で記事を書いていた、子どもが将来ジャーナリストになりたいと思っている、いとこがブロガーであるなど、自分の話をしてくることがあります。ニュースの現場を描いたお気に入りの映画があると言ってタイトルをスマートフォンで検索しながら、ちょうどTwitterでトレンドに上がっていた猫の動画を見せてくる……という人までいます。

 

会話をしていると、話を遮られ、相手の話題に切り替えられてしまうことはしょっちゅうあります。しかしたとえ聞くのが得意でないからといって、相手が必ずしも意地悪だったり、無作法だったりするわけではありません。あなたの友人や、家族、恋人のなかにも聞くことが苦手な人はいるでしょう。もしかすると、あなた自身も良い聞き手というわけではないかもしれません。それでもたいていの場合は、許してもらえますよね。実は私たちは、様々な意味において人の話をうまく聞けない状況に置かれているのです。

 

たとえば小学校から大学まで、学問の場にはディベートや修辞学、演説術など、話す技術を教える授業がいくつも用意されています。しかし聞く技術を教えてくれる授業はほとんどありません。人前で話すスキルを上げたいと思ったら、スピーチコミュニケーションの博士号などを取得したり、会話技術の上達を目的とする非営利団体トーストマスターズ・インターナショナルなどに参加したりすることもできます。ですがいまの時代、聞く技術を向上させたいと思う人はいるでしょうか? SNSはいわゆるヴァーチャルなメガホンとして、人々が自分の考えを発信する後押しをし、同時に自分とは異なる人の意見を目にしなくて済むよう、フィルターまで用意してくれます。オンラインでも対面でも、私たちに求められているのは自分を確立し、自分だけの「語り方」を作り上げることのようです。そんな世界では、成功や権力とは、マイクを手にしてステージに上がることだとみなされることが多いでしょう。

 

また現代の暮らしにおける雑音の存在も、聞くことを遠ざける要因になっています。たとえば一般的なレストランの騒音レベルは、食事をする人たちが相手の声に耳を傾けることにストレスを感じるほどになっています。オフィスはオープンな設計になっているものが多く、キーボードを叩く音や電話に出る音、それから昼食から帰ってきた人のげっぷの音など、絶え間ない騒音にさらされています。通りを歩けば車の音が、店に入ればBGMが、コーヒーショップにいれば豆を挽くグラインダーの音が聞こえてきます。それらは通常の会話の音量を30dB以上も上回り、聴覚障害を生じさせることもあるのです。そのような状況下では、聞くことは話すことと比べていかに貴重なものであるか、理解してもらえるのではないでしょうか。戦争の勃発、財産の損失、そして友人の喪失も、まさに人々の「聞く耳」のなさがもたらした結果なのかもしれません。寡黙で知られる元アメリカ大統領のカルヴィン・クーリッジは、こんな言葉を残しています。いわく「聞くことに徹して、仕事を失った人はいない」。私たちは聞くことを通じて、人とつながり、理解し合い、協力し、相手を思いやることができるのだと思います。それはまさに人間的な成長と言えるでしょう。個人的にも、またビジネス上でも、意味のある人間関係を築く上で欠かせないことです。

 

私自身は職業柄、聞き手に回ることが多いですし、もともと人の話を聞くのが好きです。話し上手な人が多いテキサス生まれということも関係しているかもしれません。私の周りには、おもしろい話を聞かせてくれる多彩な親族や隣人たちがいたのです。なかには大ボラを吹く人もいました。小さい頃から、同じ話が人によって様々に語られるのを聞いていたため、真実を見極める力がついたようにも思います。

 

しかし現在、人々は互いの話をなかなか聞けなくなっています。対面や電話での会話を避けるようになり、ショートメールや絵文字で済ませることも多くなりました。自分と反対の意見には耳を塞ぎ、対立する相手に対しては大声で言い負かすような場面も増えているように思います。もし人が何かを聞くことがあるとすれば、イヤホンから流れてくる音くらいかもしれません。自分で選んだものばかり流してくれるイヤホンは、まるで保護膜の機能を果たしているかのようです。

 

本を執筆するにあたって、私は5つの大陸の人々に「誰があなたの話を聞いてくれますか」と質問して回りました。そして多くの人は、その答えを見つけるまでに長い沈黙を挟むことになりました。結婚している人や、幅広い人脈を持っている人でも、自分の話に本当に耳を傾け、理解してくれる人を思い出すのに手間取っていたのです。こうした事実は、現在世界的に蔓延している孤独という病に追い討ちをかけています。孤独はいまや若年死のリスクを高めると言われており、その割合は肥満とアルコール中毒を合わせた数字と同じだというのです。事実、心臓病や脳卒中、認知症、そして免疫力の低下と孤独を結びつける研究も発表されています。

 

調査によると、アメリカとイギリスにおける多くの人が、友人との親密な会話等の社会的交流を日常的に行えていないことがわかっています。たとえ人に囲まれていても、孤独を感じ、置き去りにされた気持ちになるという報告も多数あります。そのためイギリスでは、恒常的な孤独感に苛まれている推定900万人の国民を支援するため、「孤独担当大臣」のポストを新設したほどです。

 

孤独感を払拭するために、「外へ出かけよう、クラブ活動に参加しよう、スポーツを始めよう、ボランティアをしよう、友人をディナーに誘おう、教会に通おう、とにかく会話をしよう」などのアドバイスがあるかと思います。しかし誰かといても孤独を感じている人たちにとって、これらのアドバイスは有効ではありません。外に出て人と会ったからといって、どのように人間関係を築けば良いのでしょうか? 誰かの話に心から耳を傾けるというのは、これまで長らく忘れ去られ、多くの人が学んだことすらない技術なのです。

 

私は執筆のために、数年かけて聞くことについての神経科学、心理学、社会学を学び、世間で最も聞き上手とされている専門家たち(CIAエージェントやグループインタビューの司会役、ラジオプロデューサー、聖職者、バーテンダー、売り上げトップの家具販売員など)に話を聞きました。そうするうちに、私は聞くということが、実は人の話に耳を傾けるだけではないということを知ったのです。それは相手の言葉の選び方や話している時のしぐさ、会話の文脈、そして話を聞いて自分がどのように感じたのかに、注意を払うことでもあるのです。

 

聞くというのは、相手が長話をしている時に口をつぐんでいることではありません。実はその正反対なのです。聞く作業のうち大半は、自分の応答にかかっています。それはつまり、相手の思考から明確な表現を引き出し、その過程で自分の思考をも具体化するということです。先入観に捉われ、自分の頭のなかに浮かんでくる思いに邪魔されることなく他者の話を真に理解しようとする際に大切なのは、寛容さと、相手のために何かをしようという意思だと思います。ただ、頭の回転が早いタイプの人にとってはそれが難しい場合もあります。思考のスピードが早いために、話し手の言葉より先に進み、結果として会話を自分の考えている方向に進めてしまうこともあるようです。またIQが高い人のなかには繊細で意識が内に向きやすい傾向もあり、心配と不安感が相手への注意を曇らせてしまうことがあります。

 

聞き上手の人は、質問も上手です。私がジャーナリストの仕事を通じて得た大切な教訓のひとつは、人は良い質問をされれば、誰もがおもしろくなる、ということです。もし相手の話をつまらないと感じたなら、それはあなたのせいかもしれません。良い質問をする人には、相手の言葉を修正しよう、省略しようといった思惑や、相手にアドバイスを与え、納得させ、間違いを正そうとする魂胆がありません。「……と思いませんか?」や「……ですよね?」といった尋ね方もしません。つまり、相手に影響を与えようとするのではなく、話し手の視点を掘り下げることがポイントになります。

 

また「お仕事は何をされていますか?」や「どちらの地域にお住まいですか?」、「ご結婚はされていますか?」というように、相手を査定するような質問も避けるべきです。社会的なヒエラルキーでランクづけすることになり、誰かのことをよく知ろうとする上で誠実なやり方とは言えないでしょう。こうした質問をされると人は反射的に自己弁護的になりますし、結果として自分を売り込み、経歴を羅列するような内容に終始する可能性があります。そんな会話が始まると、あなたのほうでも「犬を連れてくれば良かったな」と後悔することになるかもしれません。

 

代わりに尋ねるべきは、相手の興味に関することです。相手が好きなこと、反対に苦手とすることを知るために、夜も眠れなくなるほどはまっていることはあるか聞いてみましょう。そのあとで、「これまで受け取ったギフトで最高のものは何ですか?」または「世界の好きな場所で暮らせるとしたら、どこを選びますか?」など、さらに踏み込んだ質問を投げかけてみてください。回答を聞くことで、自分との共通点や相違点を見出すことができると思います。たとえば闘病中であること、または大のチョコレート好きであることを知り、不安な時にはクイーンの「ボヘミアン・ラプソティ」をハミングすることや、ヨーヨーをコレクションするためだけの部屋があるということを教えてもらったあとでは、相手を政治姿勢やイデオロギーの立場といった単純な枠組みに押し込むことなど、きっとできなくなるでしょう。

 

たとえ相手の意見に賛同できなかったとしても、その人の背景や、これまで何に影響を受けてきたかを把握することはできると思います。これは互いに妥協点を見出し、また少なくとも平和的な共存方法を維持する上で欠かせないことです。それに、相手の話を聞こうと努めることで、向こうがあなたの話を聞くようになる可能性も高くなります。人間には受けた礼儀に返答したくなる性質が備わっているものですし、あなたが相手の価値や動機を認めているということも、それに影響を与えているかもしれません。これらすべてのことを通じて、他者が共鳴してくれるようなメッセージを築き上げることができるようになるでしょう。

 

聞くことは技術のひとつです。そしてこれは他のすべての技術に言えることですが、十分な実践なしには衰えていくものでもあります。技術を磨くためには、意識とやる気、そして練習が不可欠です。もともと得意な人もいれば、より多くの努力を必要とする人もいるでしょう。しかし聞く技術は、すべての人の役に立つものです。より多くの人の話を聞くほど、人間性の様々な側面に気づくことができますし、そうすることで判断力や直感、洞察力も向上すると思います。つまり私たちは、私たちが耳を傾けてきたものでできていると言えるかもしれません。聞くことを疎かにしたり、聞く相手を選んだり、まったく話を聞かないでいたとしたら、世界を理解する機会を限定することになります。どうか、最高の自分になるチャンスを逃さないでください。

 

 

この記事は、The GuardianのKate Murphyが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、legal@newscred.comにお願いいたします。

share