19世紀末、西欧の女性たちがコルセットを脱ぎ捨ててからというもの、激しく変容する近現代のファッション史が幕を開けました。以降、数々のアイコニックなファッション・ビューティアイテムがつくり出され、当たり前だった概念を覆しながら新たなスタイルが生まれ続けています。
社会情勢、ライフスタイル、テクノロジーなど、複合的な要素に影響を受けた女性たちのスタイルは、時代を映す鏡といえるでしょう。本記事では、彼女たちの美意識に変化をもたらしたアイテムの革新性にフォーカス。その歴史が織り成してきた美意識の“ゲノム”を紐解きます。
コンプレックスをきっかけに 人の知覚を逆手にとったメーク革新
目を大きく見せたい。紀元前、アイシャドーの始祖とされる古代エジプトのクレオパトラより、女性の美意識における欠かせない要素のひとつが「大きく魅力的な目」です。アイシャドー中心だったメークアップに革新が起きたのは1913年、アメリカ・メンフィスでのことでした。
薬剤師をしていたトーマス・L・ウィリアムズは、妹のメイベルが好きな男性に振り向いてもらえないのは、目が小さいからだとコンプレックスに感じていることを知ります。そこでトーマスは妹のために、ワセリンと石炭粉を混ぜたものを考案。そしてそれを目の周りではなく「まつ毛」に塗ったのです。これが、いまは世界中で当たり前になっているアイテム・マスカラの原点になりました。
トーマス・L・ウィリアムズ(左)と妹のメイベル(右)。
結果、メイベルは恋を実らせ見事ゴールイン。1915年、原材料のワセリンとメイベルの名にちなんで「メイベリン」の社名で創業を果たします。
世界初のマスカラ「ラッシュ ブロウ イン」1920年の広告
まつ毛を長く濃くすることで目元の陰影を深め、より自然に“大きく見せる”。現代においては「人はまつ毛の先端までを目として認識する」という考え方も一般的になっていますが、マスカラの登場までは“目そのものを”大きく見せるアイメークが中心だったのです。メークアップにおける新たなスタンダードをつくり出した革新性は、人間の知覚に着想した切り口にあったと言えるでしょう。
ファッション史に新たな概念をもたらした イッセイミヤケ「一枚の布」
個人の体型に合わせた高級オーダーメイド服「オートクチュール」、さらにその流れを汲んで生まれた高級既製服「プレタポルテ」の影響力が増していた1960年代が過ぎ去り、1970年代になると日本人デザイナーがパリコレに参加しはじめました。なかでも1973年の秋冬シーズンからパリコレに参加した三宅一生は、1976年、「一枚の布」という概念に基づいて製作した画期的な平面構造の服を発表。世界的なセンセーションを起こします。
身体に合わせて生地を組み合わせ立体化するのではなく、身体とそれを覆う一枚の布、その間に自然に生まれるゆとりや空間を活かしたシルエットをデザイン。身体と服の関係を根源から追求するものとして、ヨーロッパの人々の価値観を一新しました。
2014年発表の「リングプリーツ」。半円型の平面バッグが、立体的なドレスに展開する。一枚の布の思想は現代にも受け継がれている
「素材からデザインがはじまる」という創作姿勢を貫き、一本の糸から研究しオリジナル素材を製作。身体と衣服の関係に革新をもたらしたその思想は、人々の洋服に対する概念を変えただけでなく、後世のデザイナーにも多大な影響を与え続けています。
偶然のひらめきが生んだ アイコニックなシューズ
1990年代、女性たちの足元にセンシュアルな革新をもたらしたのが、クリスチャン ルブタンの「レッドソール」のパンプスです。デザイナーのクリスチャン・ルブタンは1964年、パリ生まれ。シャルル・ジョルダンのもとで学び、「シャネル」や「イヴ・サンローラン」でインターンシップを経験したのち、1991年にブランドを設立し、1992年にジャン=ジャック=ルソー通りにブティックをオープンしました。
ハイヒールはいうまでもなく、そのフォルムに特徴のあるシューズ。女性的でなめらかな曲線と立体感は、歩きやすさと引き換えに、脚を長く見せ人目を引くフェティッシュな魅力をもたらしました。しかしながらレッドソールの登場は、ハイヒールというアイテムにはまだまだ大きな伸びしろがあったことを証明したのです。
ある日、パリのスタジオで制作中だったルブタンは、アンディー・ウォーホルの「Flowers」にインスパイアされたシューズ「Pensée」の試作品を見てどこか物足りなさを感じていたといいます。ふと、アシスタントのサラが赤いネイルを塗っている姿が目に入り、彼女が塗っていたマニキュアで靴のソールを真っ赤に塗りました。こうして、レッドソールのシューズが1993年に誕生します。
ソールは本来、地面に接する見えない部分。しかしルブタンのひらめきは、ソールをアッパーの一部のようにとらえ“デザイン”することで、履いた時の後ろ姿にもセンシュアルな効果を演出。ハイヒールというアイテムの誘目性を飛躍的に高めました。以降レッドソールは、ルブタンのシグネチャーとしてはもちろん、人々の心を惹きつけてやまない普遍的なファッションアイテムとしての座を確立したのです。
メーク、ファッション、シューズ。既存の価値観を覆す発想があらゆる分野におけるスタンダードを生み、美の現代史を紡いできました。それでは、女性の美意識の源ともいうべき美しい肌への考え方において、未来を担うパラダイムシフトは一体どのようなものなのでしょうか。
美の概念を次世代へ導くのは「エピゲノム」? ポーラB.Aリサーチセンターの新たな発見
「人生100年時代」と言われて久しい現代において、女性たちの価値観はかつての若さ至上主義から、年齢にとらわれない美しさへとシフトしています。“人の可能性は広がる”というブランドポリシーのもと、「肌から人へ」、「人から社会へ」と研究視点を拡張してきたB.Aリサーチセンターも、次世代の美へとつながる新たな可能性にたどり着きました。
着目したのは「エピゲノム」。ゲノム・遺伝子と聞くと、生まれ持ったもの、自分の力では変えられないものと思われるでしょう。しかし近年の研究で、一卵性双生児がそれぞれの生活環境の変化や心理的変化などによって姿形や性質が変わっていくように、また、メスの蜂の幼虫がローヤルゼリーを食べることで女王蜂となるように、遺伝子の発現状態が後天的に変わる仕組みの存在が明らかになってきました。それがエピゲノムです。
これまでコラーゲンやバーシカンなど、人の身体をつくっているたんぱく質の設計図となるのはDNAのわずか2%、残りの98%は「ジャンクDNA」と呼ばれ、いわば価値のない“がらくた”であると考えられてきました。B.Aリサーチセンターは、そのジャンクDNAのなかからエピゲノムを調節する重要な役割を果たす「LINC(リンク)00942」を発見。真皮をつくり出す線維芽細胞の遺伝子スイッチが老化によってOFFになり、たんぱく質を生成する能力の衰えた「エイジング細胞」の遺伝子スイッチを後天的にONにすることで、年齢にとらわれずに機能を発揮できる「エイジレス細胞」に変えるのがLINC00942の特徴です。
衰えた肌の細胞を補強するのではなく、細胞自体をエイジレスに生まれ変わらせるという新発想
従来のアプローチは、エイジングによって機能が衰えた細胞にコラーゲンやバーシカンを一時的に補強する、いわば対処療法的な働きかけでした。しかしエイジレスなアプローチは、LINC00942を増やすことでコラーゲンやバーシカンを産む機能自体を高めます。さらにこのエイジレス状態は細胞分裂後も引き継がれるため、エイジレス細胞が増えていくことで肌のハリを生む細胞間のネットワークが後天的に築かれていくのです。
いままでの常識を覆すような革新的なアイデアは、時代の流れに合わせて変容し続ける女性たちの価値観に寄り添うことで誕生しました。設立当初より、女性の美しい肌について真摯に研究を重ねてきたB.Aリサーチセンター。エピゲノムの研究成果が注ぎ込まれる新たなビューティーアイテムがいつか、美の系譜を紡ぐ次世代のデファクトスタンダードとなっていくのかもしれません。
Text by MIRAIBI
Edit by NARAHARA Hayato
Special Thanks to MAYBELLINE NEW YORK (NIHON L’OREAL), ISSEY MIYAKE INC., Christian Louboutin Japan
Photo ©Kristy Sparow/ Issey Miyake : Runway - Paris Fashion Week Womenswear Fall/Winter 2014-2015 / Getty Images