Culture  

大切なのは希望を捨てないこと ジェーン・グドール博士のメッセージ

share

ジェーン・グドール博士は60年にわたってタンザニア・ゴンベ渓流国立公園で暮らすカサケラ・チンパンジーの群れを研究し、世界の関心と共感を集めてきました。以来、グドール博士は市井の科学者として、自らの社会的な使命を貫いています。そんな博士の類まれな人生を追った新しいドキュメンタリー『ジェーンのきぼう』が公開されました。チンパンジーのみならず、人類も含めたヒト科の動物の擁護者としての生き方を中心に、1980年代以降、科学者から活動家への道を歩み出した彼女の変化に焦点を当てて描いた内容となっています。

 

多くの科学者たちが気候変動や環境破壊に警鐘を鳴らすなか、グドール博士は希望の声をあげ続ける、稀有な存在と言えるでしょう。ともすれば環境問題をシニカルに捉えるしかない私たちミレニアル世代とは異なり、人間には気候危機に立ち向かい、地球環境を修復する能力があると博士は考えています。そしてインタビューでも何度も繰り返し答えているように、本当に変化を起こすためには、人々の心に訴えかけなくてはならないと信じているのです。それは彼女と同じ科学の伝道者、天文学者カール・セーガンと共通する信条でもあります。

 

「気候変動は確かに起きています。ですが希望を失ったら、諦めることしかできなくなってしまいますよね……。多くの科学者たちが言うように、もう尽くす手がなく、滅びるしかないと考えるなら、好きなだけ食べ、飲み、残りの日々をただ陽気に過ごすのも良いでしょう。でも、私たちはなんとしても、それを食い止めなくてはいけないのです」とグドール博士はドキュメンタリーのなかで話しています。「私の仕事は人々を鼓舞し、行動を促すこと。私たちは自然の一部です。自然を破壊することは、野生動物たちの命を奪うだけではなく、私たち自身の未来を破壊することでもあるのです」。

 

こうしたメッセージに答えるように、『ジェーンのきぼう』ではグドール博士の名声や功績ではなく、彼女の未来に対する展望が描き出されています。これは私の個人的な考えになりますが、博士は環境保護運動におけるルース・ベイダー・ギンズバーグ(女性として史上2人目のアメリカ最高判事で、道徳的な高潔さや冷静なタフさで有名)のような存在ではないかと思うのです。人生の後期に至ってもなお、自らの仕事と使命に献身しているというだけではなく、多くの人たちにとって希望の象徴でもあるからです。

 

しかしギンズバーグ判事と同様、グドール博士は自分のことをそのようには考えていないようです。むしろ、自分はこの地球にメッセージを伝える使者であると信じているのです。博士は自分の仕事について、大いなる存在から「特別に」与えられた役割だと考え、これまで一度も惰性で行ったことはないと言います。86歳になった現在も毎日のように働き続け、家族に会うのは年に2度だけだそうです。実に年間300日は各地を飛び回っていると聞いて、私は博士にこう尋ねました。「休息のためには何をしていますか?」

 

それに対する博士の答えは次のようなものでした。「それはどういう意味でしょう?  私はあまり休むことがないので……眠ることくらいだと思いますが、それでも今日のような問題と向き合っていると、眠ることも難しいですよね」。現在、自宅での自粛生活を余儀なくされているなかでも、グドール博士は変わらずに忙しく過ごしているようです。「少なくとも30分程度は外に出るようにしています。いまの時期は日中、犬の散歩のために。でも老犬なので、出かけるのを嫌がってね。ひとりで出かけてもいいのだけど、それだとちょっと変だと思われそうで」。

 

ドキュメンタリーでは、冒頭からグドール博士の使者としての生き方が映し出されています。確かに、こうした役割が「与えられたもの」でなかったとしたら、博士はチンバンジーのいる森に戻るか、もしくは執筆活動をしていたのかもしれません。というのも、博士は自分でも認めるように内向的な性格なのです。しかし人々にメッセージを伝えるという博士の仕事は、1991年に自ら設立した非営利団体「Roots & Shoots」として実を結んでいます。グドール博士とタンザニアの環境問題について話し合うことを目的に12名の学生とともに始まったこの小さな活動は、いまでは60か国以上にまたがる世界的な運動に発展したのです。創設メンバーの1人は現在、タンザニアの環境大臣になっています。

 

一方どの時代にも、グドール博士の環境保全活動に批判の声を上げる人たちがいます。ドキュメンタリーでは、一般的に好ましくないと思われている人物とも博士が友好的に接する様子が描かれています。ある時、グドール博士はジョージ・H・W・ブッシュ元大統領下でのジョージ・ベイカー元国務長官に呼びかけ、野生のチンパンジーの保護を求めました。彼がハンティングの愛好家であり、自然を大切に思っていると発言したのを聞いたことがきっかけだったそうです。そして博士自身も驚いたことに、ベイカー元国務長官はのちに彼女の活動における最大の貢献者の1人となりました。

 

また後年、グドール博士はチンポウンガ・チンパンジー・リハビリセンターを建設するためにConocoという石油会社と協力関係を結んだり、チンパンジーに医学実験を行う研究所を訪問したりもしています。

 

「こうした活動のために、多くの友人を失いました。研究所に足を運び、動物実験を行う人たちと一緒に席について対話をしたり、研究者として働く人々や科学者たちと、動物福祉団体の人々を同時に招いた会議を主催したりしたからです」とグドール博士はインタビューに答えています。「動物愛護家のなかには、私と対話することを拒否する人もたくさんいました。『なぜ、悪魔のような人間たちと一緒のテーブルにつき、お茶を飲むことができるのだ?』というのが彼らの言い分です。それを聞いて、私は本当にびっくりしてしまいました」。

 

「だって、対話することなしに相手を変えることなんてできないでしょう?」と博士は続けて話しています。「それに、そうした人々に指を突き立てて、いかに彼らが悪人かと非難することには意味がないと思うのです」。

 

こうした彼女の教訓は、著名人などの過去の発言や行動を掘り返し、前後の文脈や時代背景を無視して糾弾する「キャンセルカルチャー」に象徴されるように、社会的な結束力や自分とは違う信念を持つ人々に対する想像力を持ちづらいこともある現代社会では、特にセンシティブに感じられるかもしれません。

 

世界的なパンデミックが起きたあとの社会では、人々の暮らしはどのように変わるかと質問すると、グドール博士は以下のようにポジティブな回答を寄せてくれました。

 

「こうした特別な状況下では、暮らしの変化に対する私の個人的な希望と、実際にそれがどう変化するかは、また別の話になると思います。特に都市部に住む多くの人たちは、パンデミックによる社会的な変化により、新鮮な空気や、満天の星空を享受することができたのではないかと思います。ひょっとすると、野生動物と身近な距離で出会ったという人もいるかもしれません。こうした体験をした人たちは、そしてたとえしなかった人でも、今回のことが目覚めのきっかけになったのではないかと思うのです。これまで私たちは自然を軽視してきました。しかしこの先は自分たちの行動を変え、生き方を変えていく必要があるという気づきになったのではないでしょうか」。

 

「環境保護よりも経済的発展を優先し続けてきた消費中心主義や物質主義を、手放さなくてはいけない時が来たのです。そうしないと、未来の人間と動物たちが大きなダメージを受けることになります」。

 

私たちが個人として行う日々の選択が、環境に影響を与えているということを意識することが大切です。しかし地球を元の状態に戻すためには、もうひとつ考えなくてはいけないことがあると博士は話しています。それは貧困を終わらせることです。

 

「私たちがいくら個人の責任を果たそうとしても、貧困を終わらせることができなくては、実際の成果を上げることはできません。本当に貧しい暮らしをしていたなら、当然家族を養うために最後の木を切り倒し、最後の魚を釣り上げることになるでしょう。また、都市部に暮らす貧困層にとっては、生き残るための手段としてジャンクフードを買い求める必要があるかもしれません」とグドール博士は説明しています。しかしこうした意見を持ちつつも、すべての人が経済的な状況にかかわらず、環境に変化をもたらすことができることも強調しています。「これはとてもシンプルなメッセージです。どんなに苦しい状況にいたとしても、私たちの一人ひとりが、日々、変化を呼び起こすことができるのです」。

 

 

この記事は、SalonのNicole Karlisが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、legal@newscred.comにお願いいたします。

share