論文を読み解き、美のエビデンスに触れる「ミライビラボ」。今回は「男性肌の特徴解析と男性化粧品開発への活用」についての論文を読み解きます。近年、SNSの普及や、コロナ禍におけるオンラインコミュニケーションの一般化に伴って「自分を客観的に見る機会」が増えてきており、女性のみならず男性のスキンケアに対する関心も高まりを見せています。男性にとって自分らしいスキンケアとは何なのか。まずは、男性肌の特徴を理解する必要があります。そこで実際に解析・考察してみると、研究結果から様々なものが見えてきました。ポーラ化成工業フロンティアリサーチセンターの主任研究員で医学&工学博士、水越興治研究員が詳しく語ります。
男性の肌は“中東の砂漠”のよう
男性の肌の皮脂量や水分量などは、女性と比べてどんな特徴があるのか。それらは習慣とどう関係しているのか。脂っぽい、乾燥しやすい、といった認識と実際の肌の特性はどう関わっているのか。男性肌の特徴を研究した水越研究員は「そもそも男性と女性はホルモン分泌量といった因子の違いによって、肌の性質や特徴にも違いが生じます」と語ります。
男性の肌の特徴を踏まえたスキンケア設計について述べる上で、肌の「水と脂
」は重要な概念です。言い換えれば、水は潤い、脂はしっとり感。男性は肌の水分と皮脂の絶対量や比率が女性と異なっています。平均的な男性肌は、水分が圧倒的に足りておらず、皮脂量が圧倒的に多い。また皮膚の内から外へ逃げていく水分量を示すTEWL(経皮水分蒸散量)の数値も高く、脂ギッシュなのに水分が足りなくて外に漏れている。男性の肌をたとえるならば、油田をたくわえた“中東の砂漠”のような肌であることがわかりました。
日焼けが男性肌を“砂漠化”をさせている? 皮脂が原因となることも
女性と比較して男性のスキンケアへの意識が低いことも調査により明らかとなっています。角層細胞という言葉をご存知でしょうか。肌にセロテープを貼り剥がしてみると、たくさんの膜が付くことがあります。それを色で染めると図のようになります。これが角層細胞です。
「角層細胞は表皮細胞が分裂して肌表面に向けて上がっていったものです。その過程で表皮細胞のなかにあった核が消失し、細胞がぎゅっと上下に圧縮することで角層細胞になります。肌表面で角層細胞が成熟し肌の状態が良いと平たい六角形になります。この六角形の面積を角層細胞面積と言い、その面積を測ることで、角層細胞がどれぐらい成熟しているかがわかるのです。通常は4週間くらいかけて成熟していくのですが、ダメージを受けた細胞は早く体外に排出しようとからだが働きかけるため、その時間は短縮されてしまいます。すると角層細胞が成熟に必要な時間をかけられないため、細胞の形も適切に扁平化せず面積も小さい=肌の状態が悪い、ということになります。その結果、肌のうるおいを保つ機能が損なわれてしまいます」。
男性は女性よりも角層細胞面積が小さい傾向にあります。小さくなる要因は様々ですが、主な原因として挙げられるのは、多くの男性が紫外線のケアをほとんどしないことでしょう。紫外線のケアをせずに肌がダメージを負うと、表皮細胞は未成熟な状態のまま肌表面へ上がってきます。
また、男性特有の過剰な皮脂も自分の肌への刺激になってしまいます。皮脂は自分から出たものですが、紫外線などの作用で過酸化物となって自らの角層への刺激となってしまい炎症の元になってしまうことも。「男性は刺激物となる皮脂が多いからこそ、適切に洗顔して保湿することに大きな意味があるのです」と水越研究員は続けます。
男性こそスキンケアのメリットを実感できる
角層の役割として、肌の保湿機能や肌のバリア機能がありますが、角層がケアを怠りダメージを受けてしまうと、本来あるべき機能が正常に発揮されないことがあります。
角層の構造として、角層細胞の間には細胞間脂質というものが存在しています。レンガ積みの壁をイメージするとわかりやすいでしょう。レンガが角層細胞にあたり、間に埋められているセメント部分がセラミドに代表される細胞間脂質という脂にあたります。それらがレンガ積みのような層構造になり、肌の保湿や保護機能を担っているのです。つまり角層細胞がきちんと積み上がり、かつその間に細胞間脂質がきちんと充填されていると、水分を保持できる健康でうるおった肌になります。逆に角層の状態が悪くなれば、肌がうるおいを損ないカサカサになってしまうだけでなく、肌のバリア機能にも影響を与えます。水越研究員はその原因について次のように指摘します。
「原因として考えられるのは、角層細胞が成熟せず小さいままなので細胞間の距離が開いてしまうこと、また、セメント部分にあたる細胞間脂質が足りなくなるなどの異常をきたすことが挙げられます。つまり、ダメージを受けた角層は、構造が乱れて隙間から水分が漏れてしまうのです」。男性の肌の特徴として、このような変化が起きやすい肌と考えることができます。
「このように男性の肌は、女性よりも悪い状態になりがち。逆に言えば、男性のほうがスキンケアの効果をより実感できると思うんです」と、水越研究員も男性こそケアをすればメリットを得られやすいはずと語ります。
いまこそ考えたい“自己表現としてのスキンケア”
近年、ジェンダーレスなファッションの人気が高まっています。それと同時にセクシュアリティの壁を超えて、自分らしく生きようとする男女も増えてきました。男性のなかでも美に対する関心が高まり、自己表現のツールとして意識的にスキンケアを取り入れる男性も多くなっています。
今回の研究において、被験者に自分の肌の特徴をヒアリングしてみると、普通肌、脂性肌、乾燥肌、脂性乾燥肌など、実際に測定した物性から分類した結果とヒアリングの結果はほぼ一致するというデータが示されました。脂性肌だと思っている人の肌は確かに普通肌の人よりも脂質量が多く、脂性乾燥肌の人は脂が多くて水分量が下がっている。つまり、男性は自分の肌を客観的に認識できていることがわかりました。水越研究員は次のように話します。
「これからは生物学的な肌特性、つまり男性の肌に合ったケアというだけでなく、男性自身のマインドとして自分の肌をどうしたいのか。それらを掛け合わせてスキンケアを考えていくことが必要だと考えています。我々メーカーも、あなたは生物学的に男だから男性用の化粧品を使いましょう、ということではなく、男性自身がどうありたいかのカウンセリングも踏まえたレコメンドが必要になっていく時代なのかもしれません。それこそが男性にとっての自分らしいスキンケアにつながっていくのではないでしょうか」。
肌に対して自覚があるわりに、男性の多くは女性ほど日常的にスキンケアを取り入れているとは言えません。以前よりも化粧水や保湿クリーム、日焼け止めなどを使用する機会は増えてきましたが、生活の優先順位としてはまだまだ低くなりがち。その理由について水越研究員は「スキンケアに対して面倒臭さを感じていることと、メリットを訴求できていないことにあるのかもしれません」と考察します。
たとえば、女性は自分自身が憧れる女性やありたい姿に近づきたいと思うことでスキンケアへのモチベーションが高まります。では、スキンケアを面倒臭いと考える男性の美意識を上げられるような仕掛けとは何なのか。自由なセクシュアリティの著名人が思春期の若者に影響を与えやすいことを踏まえると、スキンケアを学校教育に組み込めるようになると効果的でしょう。また最近は、新型コロナウイルスの影響による自粛期間を通じて、オンラインで自分の顔を客観的に見る機会が増えてきました。SNSの普及から、何気なくスクロールしていたスマホ画面に不意に自分の顔が現れる、ということも珍しくありません。自分の顔と向き合うようになった生活の変化。そこにもスキンケアへの動機付けがあるかもしれません。
出典
「男性肌の特徴解析と男性化粧品開発への活用」(FRAGRANCE JOURNAL、2015年)
http://www.pola-rm.co.jp/pdf/release_2009_2.pdf
Illustrations by SHINCHI Kenro
Text by KATO Shota(OVER THE MOUNTAIN)
Edit by NARAHARA Hayato