Culture  

サンダー・キャッツに教わる発酵食品作りの魅力

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まだ私が小さかった頃、父はピクルスを食べるたびに少しがっかりした顔をしていました。1930年代から1940年代にニューヨークのブロンクスで育った父にとって、ピクルスといえば白く濁った塩水がたっぷり入った樽のなかで発酵した、コーシャースタイルのものだったのです。「あれが本物のピクルスなんだよ!」と父はよく言っていたものです。私が知っていたピクルスはClaussenブランドのように、一般のスーパーマーケットで売っているヴィネガーで味付けされた瓶詰めのものばかりでしたが、それも美味しいと思っていました。しかし後になって、塩水だけで発酵させた伝統的なピクルスを初めて食べた時、父の言っていたことがわかったのです。酢漬けのピクルスにかじりつくと、痛快な酸味に舌が反応しますが、塩と水だけで微生物発酵したピクルスにはもっと複雑な味わいがあります。たしかに酸味はあるのですが、それ以上に、どこか中央ヨーロッパの食べ物のような、形容し難い風味が感じられるのです。

 

のちに料理人になったことで、あのピクルスに感じた複雑な味わいは、きちんとした製法で作られた発酵食品特有の味なのだとわかりました。ピクルスだけでなく、私が好んで食べている熟成チーズやサワードウブレッド、ピリッと辛いキムチや、ヨーグルト、サラミ、そしてワインも発酵食品なのです。働いていたレストランが発酵プロジェクトをスタートすると聞いた時、私はすかさずボランティアに名乗り出ました。塩で漬けたキャベツがザワークラウトに、バターミルクと生クリームを混ぜて貯蔵庫で数日間寝かせたものがクレーム・フレッシュにと、食材が変化する秘密を知りたくてたまらなかったのです。自分でヨーグルトを作った時には、たった一晩寝かせておくだけで牛乳が酸っぱくとろとろになりました。まるでキッチンで魔法が起きたような気持ちでした。

 

私は厨房を引退して数年経ちますが、アメリカの食文化において発酵食品はいつのまにかブームになっているようです。食の愛好家たちは趣味の一環として、ビールやチーズ、サワードウブレッド、そしてピクルスなどをDIYするようになりました。牛やヤギの乳を発酵させた炭酸飲料ケフィールや、紅茶を発酵させたコンブチャなどをスーパーでも見かけるようになるにつれ、私は微生物発酵させた世界中の食品や飲料、調味料にますます興味が湧き、それらがどのように作られるのか知りたくなりました。たとえば東欧で親しまれている微炭酸アルコール飲料のクバスはライ麦が原料なのですが、瓶の中ではいったいどのような変化が起きているのでしょうか? また、醤油や味噌を自分で作ることはできるのでしょうか……?

 

確かに醤油や味噌を自宅で作ることは可能です。しかし長い時間がかかることも事実です。私は発酵食品の作り方を、発酵界のジョニー・アップルシード(開拓時代にアメリカ各地にリンゴを広めた伝説的存在)とも言えるサンダー・キャッツから教わりました。2012年の夏の最後の数日を、私はテネシー州にあるキャッツの農園で過ごしました。そこで5日間にわたる発酵ワークショップが開催されたのです。13人の参加者のなかには、最近結婚したばかりで自給自足の暮らしを始めようとしているメリーランド州のカップルや、ジョージア州から来たパフォーマンスアーティスト兼詩人、それからジョージア州を基盤にジェネラルモーターズ社でタイヤのバイヤーをしている人もいました。彼らはみんな、保存食作りを学ぶために、湿度でむっとするキャッツの地下室に集まってきたのです。

 

私がキャッツのことを知ったのは、彼の著作である『天然発酵の世界』という本を友人たちからもらったことがきっかけでした。その友人たちは、キッチンカウンターをピクルスやザワークラウトで埋め尽くしたほどキャッツに影響を受けていました。キャッツはその本のなかで、ザワークラウトやビールといったアメリカ人になじみ深いものから、日本の甘酒やギニアの発酵飲料「スウィート・ポテト・フライ」のように謎めいたものまで紹介しつつ、発酵文化を育み享受することの喜びを、専門的な知識と生き生きとした描写で綴っています。

 

私が参加した当時49歳だったキャッツは、鋭い青い目と、カールしたもみあげとつながった髭が印象的でした。実はキャッツはマンハッタンのアッパーウエストサイド育ちのシティーボーイで、私の父と同様、デリで売られている樽漬けのピクルスを食べて育ったそうです。若い頃は市の政策関連の仕事に就いていましたが、1993年に生活を一変させました。キャッツはテネシー州の中部にあるコミューンに移り住み、野菜の栽培を始めたのです。「栽培していたキャベツや大根類が一斉に収穫の時期を迎えてしまい、びっくりしましたよ」とキャッツは話しました。大量に採れた野菜たちを前にしたキャッツは、ザワークラウトを作ることを思いつき、『The Joy of Cooking』などのマクロビオティック料理本を参考に、初めての発酵食品作りに取り掛かったそうです。畑では次々と野菜が採れるので、それに応じてキャッツはどんどん保存食を作っていったといいます。そのうちに、彼はすっかり発酵文化にはまってしまったのでした。「あの味を作り出せることに魅力を感じたのです」とキャッツは言います。「それに発酵のおかげで、自分で収穫した新鮮な野菜を、秋から冬にかけても食べ続けられることにも感動しました」。

 

ワークショップでは、ザワークラウト作りからスタートしました。キャッツはみんなで刻んだキャベツをステンレスのボウルに入れながら、パスツールが発酵の基礎に微生物の働きがあることを指摘したずっと以前から、世界中の食文化では、食材の保存を可能にし、栄養価やアルコール度などを高める働きをする発酵のパワーを利用してきたのだと話してくれました。また、イーストやバクテリア、カビといった自然界の微生物コロニーが糖分やアルコールを取り込むことで、二酸化炭素や酸、アルコールを生成する仕組みについても説明してくれました。たとえば麹カビが放出する酵素は炊いたごはんのデンプンを糖に変化させるのですが、今度はその糖分を酵母菌が取り込むことでアルコールに変化させ、日本酒ができあがるのだそうです。

 

キャッツは発酵のことを「微生物の変革作用」と呼んでいます。ここで話題になっている微生物の大半はバクテリアです。ザワークラウトを例に考えてみましょう。刻んだキャベツを塩もみすることで、キャベツから水分が出てきます。そうしてできた塩水にキャベツをつけておくことで、キャベツについていた様々なバクテリアが繁殖し、酸性の環境を作り出します。それがキャベツをザワークラウトに変える仕組みというわけです。また、ここで生じる酸が、病気の元になる悪いバクテリアの繁殖を抑えてくれます。

 

これらのバクテリアは、牛乳をヨーグルトやチーズに、ソーセージを長期保存のきくサラミに変化させる際と同じ働きをしています。バクテリアの他には、穀類や果物に含まれる糖分をアルコールに変化させ、ビールやワイン、炭酸飲料にする働きを持つ酵母があります。バクテリアと酵母が共に作用する発酵食品には、日本酒の他にサワードウブレッドがあります。イーストによって発生するガスの泡がサワーブレッドを膨らませ、酸を作り出す酵母がパンに独特の風味を与えています。アジアでは数え切れないほどの発酵食品が作られてきましたが、味噌や醤油に欠かせない大豆などの豆類が特に多く使われています。黒豆をテンペに変えるのは、Rhizopus oligosporusというクモノスカビの一種だと言われています。

 

現代社会においては、こうした食べ物の製造を大小関わらず企業や店舗に任せることが多くなっています。しかしキャッツは、発酵の文化を家庭のキッチンに再び迎え入れようとしているのです。「多くの人々が、発酵食品の健康効果に気づき始めています。自分でもザワークラウトやヨーグルトを作ってみたいと感じる人もいるでしょう」とキャッツは言います。「ですが、自分には微生物学の知識がないからと、腰が引けてしまっているようです」。確かにバクテリアのなかには、胃腸炎や食中毒を引き起こすものもあります。しかし同時に、私たちはそうした毒性のあるバクテリアを抑制する、良いバクテリアと共に生きていることも事実です。

 

低温殺菌や、他の方法で発酵を抑制されていないプロバイオティクス食品は、腸内環境を良くし、免疫力を向上させるなど、昔から健康的なものと考えられてきました。ヨーグルトの売り上げが伸びているのは、消化機能を助けるプロバイオティクスの効果によるところも少なくないはずです。キャッツ自身も、そうした発酵食品の持つ健康効果に非常に興味があると話しています。1991年にHIV陽性だとわかったキャッツは、抗ウイルス薬を服用しつつ、プロバイオティクス食品を習慣的に食べていることで、健康状態を良好に維持できているのではないかと考えているそうです。

 

とはいえ、自宅での発酵食づくりはなかなかスムーズに行かないこともあるため、まだまだ敬遠する人も多いようです。時間をかけて作られる発酵食品の表面には、毒性はなくとも見た目が不気味なカビが生えることもありますし、酵母とバクテリアの結合体で作るティビコスと呼ばれるスイカの炭酸飲料をワークショップで作った時には、瓶が爆発したりもしました。キャッツはプラステイックボトルを使うように教えていたのですが、容器が足りなくなったため、古いウォッカの瓶にティビコスを入れてしまっていたのです。朝になってキッチンに行ってみると、割れたガラスの破片とピンクの液体が一面に飛び散らかっていました。怪我をした人がいないのが幸いでした。しかしキャッツにとっては、こうした失敗も学びのうちだと言います。飲み物の残骸を片付けながら、「発酵食品を作ろうとする時には、柔軟性や即興性が必要になります」とキャッツは話してくれました。

 

ワークショップの最後の夜には、みんなで焚き火を囲み、農場で育ったヤギ肉と、みんなで作ったテンペやピクルス、ザワークラウトをたっぷり食べました。テネシーから帰ってきた私は、コンコードグレープソーダに、ファーマーズマーケットで買ったベビー野菜を使ったピクルス、サワードウブレッド、そして残っていたワインでワインヴィネガーと、発酵食品作りに夢中になりました。私の地下貯蔵庫はあっというまに発酵食品の瓶でいっぱいになり、作ったものの世話をすることで満たされた気持ちになりました。色の変化を確認したり、仕上がりの味の変化を確かめたりすることに、喜びを見出したのです。

 

何万という微生物の世話をするうちに、自分の好みや才能もわかってくるようになりました。特にケフィールはキッチンカウンターの常連となり、ヴィネガー作りの腕前もなかなかなものになりました。そのための樫の木の樽も手に入れようと考えているところです。また、ザワークラウトやキュウリのピクルス仕込みも定期的に行っています。というわけで、私もキャッツの導きにより発酵食品に夢中になったひとりというわけです。

 

 

この記事は、SaveurのSarah Dickermanが執筆しNewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、legal@newscred.comにお願いいたします。

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