正解のない未来をプロダクトの力で創造する――産学連携プロジェクトから見えてきた未来のかたち

企業と大学が連携して研究・開発、ワークショップなどを行う産学連携プロジェクト。こうした取り組みは盛んに行われており、学生にとっては社会や企業との接点ができ、企業側にとっても、学生の柔軟な発想から思いがけないアイデアを得る機会になります。2020年、ポーラが多摩美術大学と行なった約半年間にわたるワークショップでは、ポーラのデザイナー7人と同大生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻の学生4人が、「美と健康に貢献する10年後のライフスタイルプロダクト」をテーマにしたアイディエーションを開催。“10年後の未来”について考えを巡らせ、アイデアが生み出されるプロセスはどのようなものだったのでしょうか。参加したデザイナーと学生に話を聞きました。
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10年後のライフスタイルプロダクトを、未来のデザイナーとともに考える

まずは、なぜポーラが「10年後のライフスタイルプロダクト」というテーマを掲げたのか。そこに込められた、ポーラのデザイナーが学生に託した思いとはどんなものだったのでしょうか。
「10年後には彼らがきっと時代の最先端で活動しているはず。だから未来の話をしたい、という意図がありました。ただ、プロダクトを化粧品に限定してしまうと視野が狭まってしまい、自由な発想を引き出せないのではと思ったんです。そこで、未来を予測しながら幅広い思考でディスカッションできるよう、このテーマを選びました」(ポーラ ブランドデザイン部 江藤)
「ポーラの他にも資生堂さん、アルビオンさんの化粧品会社2社が取り組みに参加されていたのですが、我々は自分の個性や意志、クリエイターとしてのプライドを包括できる社風を反映させた課題にしました。学生さんたちにとっては実用性が求められるような課題のほうが取り組みやすかったかもしれませんが、あえて難解なテーマを投げかけみようと」(ポーラ ブランドデザイン部 渡邊)
プロジェクトに参加したポーラ ブランドデザイン部のメンバーと、多摩美術大学 生産デザイン学科の学生たち

プロダクトデザイナーのアーティスト性は個人の想いから生まれる

コロナ禍の影響で、オンラインのやりとりを中心に進んでいったプロジェクト。ポーラ社員たちは学生と対等に話せるよう、彼らに“殻を破ってもらう”ことから始めたそうです。
「序盤は学生さんたちから上がってくる意見やアイデアが、通俗的な視点のものが多い印象がありました。しかし、私たちは一人ひとりの個性を出して欲しい、という想いがあったので『もっと自分を前面に出したアイデアを話そう』ということを伝えていきました。
個人の熱い想いから世界は変わっていく、ということを分かってほしかった。個人的に興味のあることや、何に幸せを感じるかなど『自分自身がどう考えているか』に重点をおいてもらい、私たちはその考えを引き出していくことに注力しました」(ポーラ ブランドデザイン部 道上)
ディスカッションで重点が置かれたという“個人の熱意”。その背景には、ポーラが社として掲げるスローガンが深く関係していました。
「ポーラは“Science. Art. Love.”をコーポレートメッセージとしており、デザイナーはその中の“Art”に軸をおいて活動しています。何をかっこいいと感じ、どんな選択をするか、という自分自身の考えやスタンスを大事にしながら、我々もものづくりの現場に立っています。
プロダクトデザインとは、客観的なデータやマスの意見をカタチに落とし込むものと、学生さんたちも最初は思っていたかもしれません。しかし、自分の想いを起点に発想を膨らませて、デザインを展開していくのが我々の手法の一つです。このプロジェクトを通して我々の働き方を体感してもらえれば、と思いながらディスカッションに臨みました」(ポーラ ブランドデザイン部 木本)
学生たちによるプレゼンテーションの様子
対面でコミュニケーションが取れないもどかしい環境のなか、それでも地道にディスカッションを重ねるうち、学生たちは次第に自分自身の興味や関心から意見を発するように。その成長ぶりにはデザイナーたちも驚いたのだとか。
「学生さんたちの柔軟性に感服しました。『もっと殻を破っていいんだよ』という我々の無茶ぶりに対し、期待以上のブラッシュアップを提案してきてくれる。どんどん壁をぶち破っていく熱量に感動を覚えました。
特に、アニメやマンガから着想を得たアイデアがあったのは印象的でした。我々の世代だとオタク文化を開示することに少し抵抗があるんです。今の若い世代の方たちは、サブカルチャー的な視点を持ち、広いアイデアソースを持っているんだなと。そうした価値観ならではの発想は私たちも勉強になることも多かったですね」(ポーラ ブランドデザイン部 風巻)

生まれたのは“We Care More”を体現する、心の健康と自己愛をサポートするプロダクト

度重なるディスカッションを経て迎えた最終プレゼンテーション。一筋縄ではいかない課題に挑んだ4人の学生たちは、渾身の商品企画を発表しました。そして、審査の末「ポーラ賞」に選ばれたのが、“香りでセルフケアができるデバイス”がコンセプトの「ミルラント」です。考案したのは多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻2年(現在は3年)の宮崎萌さん。
ミルラントは、自分の感情や健康状態に合わせて花型のデバイスが開閉。例えば、リラックスしたい時は気持ちが落ち着く香りを放つなど、「自分の内面の分身」が自分自身をケアする時間を生み出す
ミルラントのコンセプトと機能
彼女は自身のメンタルケアの経験から「自分を大事にする」というストーリーを軸にアイデアを生み出しました。
「“自分を客観視しよう”というメッセージが、このプロダクトの裏側にあります。私自身の経験として、毎日生活する上で、友達が元気かどうかは気にかけられるのに自分自身への興味関心が薄いことが気になっていたんです。そこで自分の状態を客観視できるようになれば、自分への愛や心の健康につながるのでは、とモノに分身させることを思いつきました」(宮崎)
宮崎萌さん
自分の内側から切実なテーマを見つけて、それを起点にしたアイデアを具現化していく。まさにポーラのデザイナーチームが伝えたかったプロセスから生まれた企画でした。しかし、そんな宮崎さんも当初はまったく異なるアイデアを提案していたのだとか。
「当初は誰でも思いつくような、幅広い人へのニーズを意識した企画を提案していました。でも、ポーラの方々のアドバイスを聞くうちに『需要はあってもプロダクトとしての魅力や個性がない』ということに気がついて。自分らしいアイデアを考えた結果、“心の健康”にまつわるプロダクト、というコンセプトにたどり着きました」(宮崎)
宮崎さんが描いたアイデアスケッチ
また、課題と向き合うなかで、宮崎さんのなかの“未来”の捉え方も段々と変化していきました。
「課題のテーマを聞いたときは、10年後の世界の有り様を予想した上で、その環境や状況にマッチしたプロダクトを考案しようとしていました。
でも、デザイナーさんたちから『未来に正解はない』と強く言っていただいていたのが、発想の転換になりました。『世の中がこうなるから、こんなプロダクトが必要かもしれない』という考えではなく、『こういう未来になってほしい。そのためにはこういったプロダクトがあればいい』という考え方に切り替わったことで、『ミルラント』の着想に至りました」(宮崎)
宮崎さんの「ミルラント」のほかにも、さまざまなプロダクト案が学生からは提案されました。画像は後藤里沙さんが考案した「surpassista」
大塩伝恵さんが考案した「La tua forza」
そして、この「ミルラント」のアイデアをもとに、ポーラのデザインチームがマッシュアップを行なって完成したのが、触れることで体調の変化を視覚化することができるデバイス「mymir マイミル」です。
宮崎さんの「ミルラント」をもとにポーラが考案した「mymir マイミル」は自身のライフログや体調に応じて色や触感、温度が変化。デバイスを撫でたりすることでセルフケアの実感が生まれるだけではなく、デバイスを通じて離れている人にも自身の状態を伝えることができます
宮崎さんのアイデアからポーラチームが加えたのは「自分と共に他者も気遣うことの習慣化」という要素。親機と子機が連動し、離れている相手にも自身のコンディションをより五感に訴える事で伝えられるようなプロダクトへと変化しました。
「我々が2021年から新たに掲げたスローガンは“We Care More. 世界を変える心づかいを”。これを叶えるために、まずは自分自身をケアできるようになることで、人にも優しくなれるのではないかと考えます。宮崎さんのアイデアは、ポーラが目指す世界観や思想にもっともマッチしたプロダクトだったと思います。その上で、我々が望む未来へとアプローチできるような商品にするなら、自分、他者、そして社会へ「思いやる心の循環」を生み出すプロダクトにすべきでは、と考えました。
10年後の未来は今以上に、物理的な距離や、様々な境界を乗り越える繋がりが重要な社会になると感じています。そういった社会においても他者との新しいコミュニケーションを生み出すプロダクトであれば、社会的な意義を持たせることができます。そこで、大切な人同士で親機と子機を共有し、体調やメンタルが不安定なときにお互いを労れるよう、連動型のデバイスとしてアウトプットしていきました。また、自分の分身であるプロダクトへも愛おしさが感じられるよう、デザインも意識しました」(江藤)
mymir マイミルのコンセプト

対等な立場で未来を考えたプロジェクトを振り返って

プロジェクトを振り返って、ポーラの道上さんは「リアルな現場を反映したディスカッションができた」と語ります。
「コロナ禍を機に、世界は明確な答えや線引きができない時代へと突入しました。そういった“枠のない世界”で生きていくためには、自分の考えを頼りに手探りで模索を続けないといけない。実際に私たちデザイナーも、まさにリアルな現場で模索し続けているところなんです。ですから今回の課題は、すごく時代性を反映していたと思います。一緒にプロジェクトに取り組むなかで、学生さんからもたくさんの学びを得ましたし、自分自身が今おかれている状況を振り返るきっかけにもなりました」(道上)
プレゼンテーションでは、学生たちが完成させたプロトタイプが展示された
元々ポーラの化粧品愛用者で「ポーラのデザイナーさんたちとお会いしたときは有名人に会ったような気分だった」という宮崎さんは、プロジェクトを通してプロダクトデザイナーとしての意識にも大きな影響を受けたと振り返ります。
「課題と向き合って苦しんだ分だけ自分の考え方が成長するんだということを知れたのはとても大きな経験でした。デザイナーとして働く先輩方からいただいたアドバイスからは、デザインのノウハウといった具体的なものだけじゃなくて、社会との接続の仕方という大きな視点も教えていただいたように思います」(宮崎)
プロと学生という垣根を越え、一つの課題にともにアプローチしていく。双方の声からは、今回のプロジェクトがデザイナーと学生が対等の立場で相互理解をしながら、未来を築いていく機会になったことが伺えました。
参加した学生たちが実際にこれからの10年を突き進むとき、彼女・彼らが紡ぐアイデアは、さらにその先の未来を変えていくことでしょう。
Text by TAKAGI Nozomi
Edit by MIKI Kunihiro
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