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オリジナル短編小説『朝』 第10話

花々が茎や葉、根で作られるように、私たちも一つひとつの記憶や経験、生き方でつくられる。独特の文体で知られる芥川賞作家・小山田浩子が書き下ろしたのは、花にまつわる記憶とともに新しい朝へと向かう、一人の女性の物語。出会うすべてのことを栄養にしながら、自分を信じて前へ。第10話は、洋ギク。
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1 人暮らしを始めるとき、伯母がくれた分厚いガラスの水差しがある。いいものあげる、これね、安いアンティークだけど、花器にいいと思う、なんでも投げ入れれば様になるし洗いやすいの。花なんて飾る余裕あるかなあ。花買う余裕がなきゃにんじんの葉っぱでもその辺の野草でも、ちゃんと飾ったらやっぱりいいものだから。伯母は胸を張ったが、私が言っているのとは余裕の意味が多分少し違う。近所に気の利いた花屋さんはなくて、スーパーの生花店には小さいサボテンの鉢と野暮ったいミニブーケが並び、奥にやたらに高い 1 本売りの切り花がほんの少し、こっそり 1 人しゃがみこんで道端の草を摘むのも気が引けたし野菜売り場のにんじんは葉っぱが取り除いてある。水差しはしまいっぱなしだった。
ある日花をもらった。黄色い花びらがいくつも丸く重なっていて、触るとテディベアのように柔らかく暖かい。でも、なんで花? いや、似合うかなと思って……。なんの花? と尋ねると、自分で買ってきたくせに首をかしげ、タンポポの仲間かな? いや、いま秋だし茎も葉っぱも違うしそもそもタンポポ店で売ってないよ……でもありがとう。さえない生花店のなんだかわからない花も、伯母の水差しを出して活けると確かに様になったが 1本だと少し寂しいような。伯母に電話した。タンポポなんて言うんだよ、笑っちゃう。でも自分だってわからなかったんでしょ、花とか葉っぱの様子を聞く限り、キクじゃない? ううんもっとかわいい花だよ。最近は洋ギクって、かわいいのもいろいろあるの、ちゃんと水を替えたら長持ちするよ……どんな人? わかんない、かわいいけど、そのかわいさを自分ではわかってないみたいな子。言葉にするのは難しい、自分のこともよくわからないのに誰かのことなんてなにをどうしたらわかるのか。次に部屋に来たときは手作りパンを持ってきた。レーズンと干しあんずとなにかの種がいっぱい入っていて、外がガリガリで中がむちむちだった。おいしい、目を見開くと、天然酵母、趣味なの。伯母に言われた通りこまめに水を替えそのたび水差しを洗うと花は長持ちした。2人で外に出て名前を知らない野草を山ほど摘んで一緒に活けた。これきれいかなあ。きれいだよ。すごくかわいい。かわいくなった。
Novelist 小山田浩子/Hiroko Oyamada
1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞を受賞し小説家デビュー。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。2018年には15作品を収録した、短編集「庭」を刊行。独特の文体で紡ぎ出される作品は海外でも高い評価を受け、さまざまな国で翻訳・出版されている。
Photographer:Jun Imajo
Flower:Michi Hayashi
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