Topics  

オリジナル短編小説『朝』 第5話

花々が茎や葉、根で作られるように、私たちも一つひとつの記憶や経験、生き方でつくられる。独特の文体で知られる芥川賞作家・小山田浩子が書き下ろしたのは、花にまつわる記憶とともに新しい朝へと向かう、一人の女性の物語。出会うすべてのことを栄養にしながら、自分を信じて前へ。第5話は、アンスリウム。
share
私よりずっと歳上の従姉は遠くの街に住んでいる。会うのは年に一度くらい、いつでも真っ黒に日焼けしている。研究で外を歩き回るからだそうだ。適当に着たような服がよく似合って、適当に縛ったような髪がたっぷり光って、はいお土産、にやっと笑って手渡してくれるのはいつもおかしなもの、大きいつやつやした種、くねくねの貝殻、動物の頭蓋骨は親指くらいの小ささで雲母のように光って透けていて、どれも大切にしていたのにいつの間にかどこかに消えて魔法みたいだ。もっと小さいころ、と母親が言う。大きくなったらお従姉ちゃんみたいになるって、言ってたね。そんなこと言った? お従姉ちゃんみたいになんてなれっこない、それくらいわかる、私はもっと平凡な子で、平凡なりの……。わかってないねと母が笑う。まあまだ、わからないか。たまに外国からハガキが届く。珍しい見たことのない花が、根っこから先端まで図鑑のように細かい線で描かれ彩色されている植物画、横に実とその断面図、種らしきものも描き添えてあって、いまお従姉ちゃんはどこいるの? そうねえ、と伯母は目を細めハガキを見る。どこか、多分、暑いところ。
いつも閉まっている従姉の部屋のドアが、今日は少しだけ開いていた。お従姉ちゃん、帰ってるの? 返事はない。そっとのぞくとカーテンが半分開いて日が差して緑色だった。植物、分厚い大きな葉っぱがいくつも湧き上がり、太いヒゲのようなものが空中に投げ出されている。ところどころに艶やかな白や赤も見える。花? つぼみ? なに? ベッドも机もあらかたその葉っぱに飲まれていた。壁からじかにその植物は現れているように見えた、見えたというか……部屋の中はむっと湿って暖かい。チチチ、とかキキキ、とかいう音が葉っぱが重なり合う奥からかすかに聞こえた。すごいでしょ、と声がした。伯母がすぐそばに立っていた。いつだかあの子が持って帰った種がこうなったの。呆れたような、面白そうな声だった。え? え? 土じゃなく、木の幹から生える植物ですって、それが壁に根を張ったのね。伯母はドアを開け放った。窓から風が通り葉っぱが大きく揺れた。どこから飲んでるんだか、水もなにもいらないの。どんどん勝手に大きくなって、いまじゃあの子が帰ってくると、あの葉っぱの中で眠るのよ。
Novelist 小山田浩子/Hiroko Oyamada
1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞を受賞し小説家デビュー。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。2018年には15作品を収録した、短編集「庭」を刊行。独特の文体で紡ぎ出される作品は海外でも高い評価を受け、さまざまな国で翻訳・出版されている。
Photographer:Jun Imajo
Flower:Michi Hayashi
share