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オリジナル短編小説『朝』 第8話

花々が茎や葉、根で作られるように、私たちも一つひとつの記憶や経験、生き方でつくられる。独特の文体で知られる芥川賞作家・小山田浩子が書き下ろしたのは、花にまつわる記憶とともに新しい朝へと向かう、一人の女性の物語。出会うすべてのことを栄養にしながら、自分を信じて前へ。第8話は、ユリ。
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初めての里帰り、新幹線で実家に帰る、名物だけど別にそんなにおいしくないよと聞いたお菓子を駅で買う。実家の分、地元の友達の分、伯母と、お仏壇にも。大学そばの美容院で切った髪(学部によって人気の美容院が違うらしい)、友達と買った服、みんな履いてるキャンバススニーカー、田んぼに囲まれた民家の庭で小さい子供が遊んでいるのが一瞬見えてすぐ消えた。日よけを下ろしてうとうとした。甘い匂いで目がさめた。隣におばあさんが座っていた。薄紫色のブラウスとスカートの膝に、新聞紙で包まれたユリの大きな束がある。開きかけの花、つぼみ、獰猛で可憐だった。目が合い微笑まれた。
これはうちの山のユリでね。いい匂いですねと答えた。ならよかった、きれいなユリはいくらでも売っているけれど、この匂いはうちの山のが特別なの。新幹線はそこまで混んでいなくて、あちこちから寝息やいびきが聞こえる。私もまだぼんやりしている。おばあさんの顔というか声なのか雰囲気か、なぜかどこか覚えがあった。もしかしてテレビに出ているような人だろうか……おばあさんはこれまた覚えのある話し方で、ユリの花は山の秘密の場所にあってね、それも毎年少しずつ違う場所に生えるの。そうなんですか。食べ物がなくて困った年は、山じゅうのユリの根っこを探して掘って行ってしまった人がいてね、多分食べるつもりだろうけれど、あれは苦いんだって私の父はそれこそ苦い顔をして、おいしいユリ根とは違う種類なんだって、でもどんなに苦くても栄養が欲しかったんでしょうね……私はああもう来年から花は咲かないのかと悲しくて、でもね、次の夏になったらちゃんと咲いて、それもいつもよりたくさん咲いて、不思議で、うんと嬉しかった。そうなんですね、本当にいい匂いですね。そうでしょう、ねえ、少し痩せた? え? 間が空いて、おばあさんはこっくりこっくりし始めていた。私もまた寝た。私たちは同じ駅で下車した。おばあさんはユリを抱いて会釈し駅前をゆっくり歩いて行った。母が車で迎えに来てくれていた。ありがとう、ただいま。おかえり、お疲れさま、ねえいまのおばあさんはどなた? ああ、隣の席だった人、たまたま。そうお……疲れた? 大丈夫。母は車を出しながら鼻をひくひくさせ、なんだかすごくいい匂い、懐かしい……ねえ少し痩せた?
Novelist 小山田浩子/Hiroko Oyamada
1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞を受賞し小説家デビュー。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。2018年には15作品を収録した、短編集「庭」を刊行。独特の文体で紡ぎ出される作品は海外でも高い評価を受け、さまざまな国で翻訳・出版されている。
Photographer:Jun Imajo
Flower:Michi Hayashi
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