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オリジナル短編小説『朝』 第9話

花々が茎や葉、根で作られるように、私たちも一つひとつの記憶や経験、生き方でつくられる。独特の文体で知られる芥川賞作家・小山田浩子が書き下ろしたのは、花にまつわる記憶とともに新しい朝へと向かう、一人の女性の物語。出会うすべてのことを栄養にしながら、自分を信じて前へ。第9話は、アルストロメリア。
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従姉の披露宴に呼ばれた。伯母と母がかつて着たという振袖を着た。私たち姉妹どちらにも似合うようにって、おばあちゃんが一緒に見立ててくれたの、あなたの成人式にと思って何十年とっといたけどそれより早く出番がきたね。あれ、お従姉ちゃんは成人式に着なかったの? あの子はどこかにフィールドワークだかで、写真もどうでもいいって。ホテルの着つけの人にご馳走を食べるのでお腹が苦しくないようにしてくださいと頼むと笑われて、わかりました、ここのお料理はおいしいですからね。2 人は大学で出会い、出身地が同じということで話が弾み以後研究をともにしながら愛を育み云々、従姉はいつものように日焼けしていた。白いすんなりしたドレスはそれはそれはよく似合っていて直視できない。親族の席は新郎新婦から1 番遠い。1番近いはずなのに1 番遠い。笑いさんざめく招待客席から外国語が聞こえた。
振り袖に垂れないようお皿の上でソースを念入りにこそげていると、あんまり気にしないでいいよと母が言った。お姉ちゃんの披露宴のとき私がつけちゃったお醤油のあとも残ってるから、洗いに出しても取れなくて。そうなの、どこ? その、胸の、花びらの柄のあたり……。長いスピーチもキャンドルサービスもブーケトスも両親への手紙もないさっぱりした式だった。お従姉ちゃんらしい。歯を見せて笑いながら誰かと写真を撮る顔の脇に寄せられた、主役らしい大きな花のないブーケ、珍しいような身近なような、あのブーケきれいだけどなんの花だろうと母も呟いた。披露宴が終わり見送りをする従姉の前に来た。来てくれてありがとう、彼女はブーケを私にくれた。え、私別に早く結婚したいとか思ってないよ。わかってるって。従姉はにやっと笑った。すらっとした花で、薄黄色に赤が刺し、そこに豹かチーターを思わせるような茶色い点々……ああ、アルストロメリアだったんだ、母親が頷いた。ええ、私が好きでこの花、インカのユリって呼ばれてて野生的で強くて、これだけのブーケはあまりウエディングでは使わないって言われたんですけど、頼んで作ってもらったんです。新郎新婦はそして長い長い長い新婚フィールドワークに出かけ、届いたハガキには豹柄の花が描いてあり小さく原種、と書き添えてあった。
Novelist 小山田浩子/Hiroko Oyamada
1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞を受賞し小説家デビュー。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。2018年には15作品を収録した、短編集「庭」を刊行。独特の文体で紡ぎ出される作品は海外でも高い評価を受け、さまざまな国で翻訳・出版されている。
Photographer:Jun Imajo
Flower:Michi Hayashi
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