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連載 〈美しさの秘密〉
第1回 歌舞伎俳優・尾上松也「 伝統芸能を担う、美しき挑戦者」

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すべての経験は演じることの土台に

−さまざまなジャンルに挑戦し、道を切り拓いてきた体験は、歌舞伎俳優としての人生にどのような影響を与えたでしょうか?
他の分野での演技の技術が、直接的に歌舞伎にフィードバックすることはありませんが、その役を生きたこと、つまり経験というものは確実に活きる。自分の土台みたいなものが積み重なってゆく感じはします。特に歌舞伎は同じ演目を何度も上演することが多い演劇ですから、何年か後にまた同じお役を演じると、最初に演じた時にはなかった感情がわき起こる、あるいは理解できなかったことが分かる、あるいは前はこう思っていたけれども今はこう感じる、そういうことが多く出てきます。過ごしてきた時間を経て自分の変化を実感しますね。また、お芝居をしていない時の、日々の経験や感じたことというのも、直接パフォーマンスに影響するだろうなというのはつくづく思います。
−演じること以外の生活、日常の中で節制したり、気をつけたりしていることはありますか?
それが、太らないために食べてはいけないとか、ストイックなことが大嫌いなんです。何かのルーティンを決めてやるのも大の苦手なものですから。芝居で痩せなくてはいけないという時以外は、なにも我慢はしません。心がけていることを強いて言えば、ストレスを溜めないこと、自然体であることでしょうか。
−それにしても素肌が本当にお綺麗です、どんな秘密があるのでしょうか?
肌のこともよく聞かれますけれど、何もしていないですね。お風呂から上がって乳液をつけるくらいです。でも、僕だけではなくて、歌舞伎の方はみんな肌が綺麗。僕も不思議に思って、仮説を立ててみたんです。まず、お役の化粧をするときの下地が非常に濃い。さらに白粉を厚く塗るんですけれど、要するにこれがパックをしている状態に似ているんじゃないかと(笑)。それから、僕らは1日のうちに何役か演じるわけで、そのつど化粧を軽く落として、次のお役の化粧をします。つまり軽い洗顔をこまめにしている。それも肌にいいのでは、と思ったのですが……あまり一般の方の参考にはなりませんね(笑)。

歌舞伎の女方の美しさは“心意気”

−歌舞伎俳優として、また一個人として、松也さんが女性に求める「美しさ」とはなんでしょうか?
今の現代女性に求める美しさと、歌舞伎で表現している女方(女性役)の美しさというのは違います。僕自身、特に若い時分は、スタイルと顔立ちが良いことがいわゆる綺麗な女方だと思っていましたけれども、ちょっと違うということがわかってきました。歌舞伎の中で表現する“美しい女”というのはトータルなんですね。顔が美しいということではなくて、やはり心意気。そういう部分の美しさというのが歌舞伎の女方の格好良さであり、美しさだと僕は思います。僕自身が今、女性に求めるのは……両方ですね。見た目も心意気も美しい女性に惹かれます(笑)。
−現在は堂々たる立役(男性役)として名を馳せる松也さんですが、若い頃は女方も数多く演じていらっしゃいました。両方を経験されたことで感じられる「歌舞伎の女方の美」とは、どこにあると思われますか?
歌舞伎の女方って“切ない”んですよ。例えば演技面では、どんなに頑張ってお芝居をしていようと、最終的に立役が大見得きって、派手に終わることがほとんどです。当時の女性のあり方自体、支える精神がメインなのですね。現代社会に照らすと、古くて良くないことだと思いますし、女性も活躍すべきだと思うのですが……ですけど実際、歌舞伎の中の陰に支える女性を見てみると、彼女たちなりの格好良さがあるように感じます。女方を経てから立役を演じていると分かる部分もありますね。女方がこの場面でこういう風に支えてくれていたのだ、と気づく。
−なるほど。中でも惹かれる歌舞伎作品の女方を教えてください。
いい女というか、歌舞伎の女方らしいなと思うのは、『仮名手本忠臣蔵』六段目、七段目のお軽(主君仇討を巡り運命に翻弄される夫婦の物語。お軽は夫勘平ために遊女となり、裏切り者を討つ)。勘平を思うひたむきさに惹かれます。夫婦愛では『吃又(どもまた)』の女房お徳(吃音でうまく喋ることができない実直な絵師を支える、情が深く雄弁な妻)。この女性も非常に優れた人だと思う。いい奥さんだなと思いますね。
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